スキップしてメイン コンテンツに移動

大阪・関西万博:夢洲に描かれた、テクノロジーと文化が交差する場所

4月から通信制の大学に入学したので、しばらくは旅行は月に一回ぐらいで我慢しようと思います。今月は始まったばかりの万博に行くことにしました。

2025年、再び大阪に世界が集まります。舞台となるのは、大阪湾に浮かぶ人工島・夢洲。ここで開催されるのが「2025年日本国際博覧会」、通称「大阪・関西万博」です。1970年に開催された伝説的な大阪万博から55年、今回は「いのち輝く未来社会のデザイン」という壮大なテーマのもと、人と地球、そして社会のあり方を問う万博が始まろうとしています。

会場の中央には「リング」と呼ばれる巨大な円形の構造物が設けられ、その周囲を各国のパビリオンや企業展示が囲みます。まるで未来都市のような空間で、来場者はぐるりと円を巡りながら、さまざまな価値観やテクノロジー、文化と出会うことになります。今回の万博では、150を超える国と地域が参加予定で、各国が独自の視点で「いのち」と「未来社会」に迫る展示を行います。

企業パビリオンでは、日本の最先端技術が一堂に会し、たとえば空飛ぶクルマや自動運転の次世代モビリティが実際に体験できる機会もあります。デジタル技術を駆使した展示や、環境配慮を徹底した建築・運営方法も注目されており、まさに未来社会の「実験場」として機能することが期待されています。

また、未来の社会課題に対する解決の糸口を探る場として、万博の副題には「未来社会の実験場(People's Living Lab)」という言葉が掲げられています。ここでは、技術だけではなく、人と人のつながりや、文化の融合、自然との共生といった、より根本的な問題についても来場者に問いかけてきます。

この万博のもうひとつの魅力が、公式キャラクター「ミャクミャク」です。一度見たら忘れられないユニークな姿は、生命の細胞と水の流れをイメージしており、「いのち」のコンセプトを象徴する存在として多くの人々に愛されています。

大阪・関西万博は、過去の栄光を振り返るだけのイベントではありません。これは、これからの日本、そして世界がどう生きていくのか、その道を模索するための舞台です。都市と自然、伝統と革新、個と共生のバランスをどう取るのか――夢洲の地で繰り広げられる6か月間の対話が、私たちにそのヒントを示してくれることでしょう。

GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION

大阪・関西万博の会場には、未来への想像力と創造力をかき立てる数々のパビリオンがありますが、西ゲートから入ると最初にひときわ目立つのが「GUNDAM NEXT FUTURE PAVILION」です。ガンダムといえば、これまで戦争や対立を描いた重厚な物語で知られてきましたが、このパビリオンではまさに“いのち輝く未来社会のデザイン”という万博のテーマに即した、新しいガンダム像が提示されていました。

モビルスーツの「平和利用」というコンセプトで、戦いの象徴だった巨大モビルスーツが、未来の現実世界では宇宙デブリの除去や宇宙農業といった、人類と地球の課題解決のために活用されるという提案は、フィクションを超えてリアルな未来像として受け止められました。宇宙空間に漂う無数の人工物の破片を、モビルスーツの機動性と作業能力で安全に回収する。あるいは、月や宇宙ステーションでの農業支援にモビルスーツを活かす。ガンダム世代が大人になってからロボット開発をしているように、ガンダムのパビリオンを体験した子供たちが、将来これらの問題を解決してくれるでしょう。


展示の中でも特に印象に残ったのが、360度の映像空間で体験した「軌道エレベータ」や「宇宙ステーション」の世界です。視界を完全に包み込むような映像と音響により、まるで自分が宇宙空間に飛び出したかのような感覚を味わいました。軌道エレベータの中で地球を見下ろしながら昇っていく感覚、無重力の宇宙ステーションでふわりと漂うような身体感覚――それらはどれも、テクノロジーと想像力がもたらす没入型の「旅」でした。

このパビリオンは、ガンダムという物語を通じて、現代の私たちに問いかけてきます。テクノロジーは人を破壊にも導くけれど、選び方次第では、人と自然、地球と宇宙をつなぐ希望の道具となるのだと。私自身、アニメの世界がここまで未来社会と重ね合わせられるとは想像していませんでしたが、体験を終えた今、ガンダムの世界が私たちの現実と確かにつながっていることを実感しています。

GUNDAM NEXT FUTURE PAVILIONは、ただの展示ではありません。それは、未来に向けたメッセージであり、現代に生きる私たちがどう選び、どうつくっていくのかを考える起点なのです。

ウズベキスタン館

ウズベキスタン館は、大阪・関西万博2025の海外パビリオンの中でも、シルクロードの歴史と未来をつなぐユニークな存在として注目を集めています。中央アジアの交差点に位置するウズベキスタンが、いかにして過去と未来をつなぐ文化と技術を育んできたのかを、来場者に体験的に伝える構成となっています。

このパビリオンのテーマは「知識の庭:未来社会のための実験室」です。ウズベキスタン館のロゴは、下半分が地中の種や根を表しており、上半分は日光を得て成長した樹木を表しており、生命の循環と人と自然の調和を表現しています。

ウズベキスタン館全体も同じような構造になっており、一層目(一階)は地中を表しており、古代シルクロードの拠点として栄えた都市文明の紹介です。交易、学問、建築、天文学などの分野でウズベキスタンが果たしてきた歴史的な役割が、美しい映像やインスタレーションによって生き生きと再現されています。

その後、体験するのが、360度のパノラマ映像による“旅”です。そこでは、ウズベキスタンの雄大な自然、オアシス都市の光景、ティラカリ・マドラサの荘厳な青と金の装飾が、映し出されていきます。四方の壁と天井を使った映像は、まるで自分がその場所に立っているかのような錯覚を覚えるほど鮮明で、歴史の記憶が生きているかのような温かさと静謐さに満ちていました。

驚いたのは、その部屋そのものが「エレベータ」となっていたことです。映像に没入している間、まったく気づかないうちに空間全体が上昇し、気づけば二層目の木製の柱の森に移動していたという仕掛けに、思わず感嘆の声を上げてしまいました。ただ映像を見るだけではなく、時間と空間の感覚までも巻き込む演出は、まさに万博のテーマである「未来社会のための実験室」にふさわしい体験だったと思います。

このパビリオンは、過去の栄光をたたえるだけではなく、それを足場にして新しい未来を築こうとするウズベキスタンの姿勢を体現しています。訪れることで、かつてのシルクロードが情報と価値観の交流の場であったように、いま再び世界とつながる動きがここから始まっていることを実感できるはずです。

ペルー館

ウズベキスタンと同じぐらい旅行行きたい国のペルーのパビリオンに来ました。そのテーマは「Infinite Possibilities(無限の可能性)」。訪れた瞬間から、来場者はアンデスの神秘とアマゾンの鼓動、そして太平洋の風を感じる壮大な旅へと誘われます。

まず迎えてくれたのは、360度の映像による圧倒的な没入空間です。そこでは、空から見下ろすような視点でナスカの地上絵が現れ、続いて霧に包まれたマチュピチュの神殿群が、まるで夢の中のように広がります。映像はただ美しいだけではなく、そこに刻まれた人々の信仰や暮らし、そして自然との共生の思想を、静かに、しかし力強く語りかけてきました。四方に広がるパノラマ映像に囲まれることで、身体全体が古代の記憶とつながったかのような感覚になり、時間の流れまでもが緩やかに変わったように感じられました。


次に足を踏み入れたのは、民族衣装の展示です。ここでは、ペルー各地の先住民文化を象徴する衣装が紹介されており、色彩や模様からその土地の風土や信仰が伝わってくるようでした。

最後は、シパン王に関する宝物の展示です。精緻な金細工、独特の象徴的な意匠、そして副葬品の多さが物語る古代ペルーの王権のあり方は、インカ以前の文化が持つ豊かさと奥深さを改めて教えてくれます。王の存在は単なる支配者ではなく、大地と太陽、祖先との橋渡し役としての意味を担っており、その精神性が展示空間の空気にもにじんでいました。


アンデスの高地文明とアマゾンの熱帯林、沿岸地帯の海洋文化がひとつの国に共存しているというペルーの現実は、現代社会が直面する分断や対立に対するひとつのヒントを与えてくれます。そして、古代の知恵と現代の科学技術を組み合わせることで、持続可能な未来が築けるという希望が、「無限の可能性」という言葉に込められていました。


このパビリオンを歩いた時間は、ペルーという国の“過去”を知るだけでなく、その精神性と創造力が“未来”へとつながっていることを実感させてくれる貴重なひとときでした。万博という国際的な舞台で、古代と現代、伝統と革新が見事に響き合うこの空間は、多くの人に深い余韻を残すことでしょう。

旅程

東京駅

↓(新幹線)

新大阪駅

↓(シャトルバス)

大阪・関西万博

↓(シャトルバス)

新大阪駅

↓(新幹線)

東京駅

関連スポット

  • 万博記念公園:1970年の大阪万博
  • 科学万博記念公園:1985年の筑波科学万博
  • 愛・地球博記念公園 (モリコロパーク):2005年の愛知万博

リンク

コメント

このブログの人気の投稿

斎宮歴史博物館:柵列の間をくぐり抜け、古代国家の祈りに触れる、祈りの都が農村へ変わるまで

斎宮跡を歩いたあと、その流れのまま斎宮歴史博物館へ向かいました。駅前から感じていた木造風の意匠や、整えられた景観の延長線上に、この博物館の落ち着いた佇まいがあり、ここでようやく「斎宮」という言葉が指す世界の輪郭を、資料と展示で掴めそうだと思いました。斎宮は史跡としては広々としていて、当時の建物がそのまま立ち上がっているわけではありません。その分、見学者の頭の中で想像を補う余地が大きいのですが、博物館はその空白を、根拠と手触りのある情報で丁寧に埋めてくれる場所でした。 ちょうど特別展「天地(あめつち)の神を祈りて-伊勢神宮、そして斎宮-」が開催されており、展示室に入ると、ここが古代から信仰の重要な舞台だったことを、古墳時代の出土品などの実物資料を通して実感できました。伊勢神宮が成立していく過程、そこに斎宮・斎王という制度が結びついていく必然性が、単なる言葉の説明ではなく「この土地から出てきたもの」と一緒に語られるので、歴史がふわっとした神話のように遠ざからず、現実の地層の上に積み上がった出来事として迫ってきます。斎宮跡を先に見ていたからこそ、「あの広い区画が、ただの空き地ではなく、国家的な祈りを担う装置だったのだ」という感覚が、じわじわと身体に染みてきました。 特別展のあとに常設展を見ていくと、展示室が二つに分かれている構成が分かりやすく、斎宮という存在を別々の角度から立体的に捉えられるようになっていました。展示室1のテーマは「文字からわかる斎宮」です。延喜式のレプリカが示す制度としての斎宮、そして源氏物語、栄華物語、大和物語といった文学作品の中に現れる斎宮や斎王の姿が並ぶと、斎王がただの宗教的存在ではなく、宮廷文化の文脈の中でも強く意識された存在だったことが見えてきます。文学の中の斎王は、歴史の事実だけでは捉えきれない感情や視線をまとっていて、制度の説明とは違う温度で当時の人々の心情を想像させます。 さらに、文字が書かれた土器や印といった資料も展示されていて、「斎宮は祈りの場」という一言では片づかない、運用のための事務や情報のやりとりが確かにあったことが伝わってきました。展示の中には、武官や男女の子どもの等身大人形と当時の衣装があり、そこに復元された葱華輦(そうかれん)や斎王の居室の再現も続きます。文字資料を中心とする展示室1なのに、こうした視覚的・空間的な復元がし...

新島旧邸:京都の町なかで思いがけず出会った特別公開

京都文化博物館に行くために京都市に来たこの日、私は開館までの時間を使って京都御苑を歩いていました。ところが、京都御苑は思っていた以上に見どころが多く、閑院宮邸跡や京都御所、桂宮邸跡などを見て回っているうちに、気づけばかなりの時間が過ぎていました。少し急ぎ足で京都文化博物館へ向かっていた途中、ふと目に入ったのが「新島旧邸 特別公開中」という文字でした。その瞬間、「あの新島だろうか」と思って案内を見ると、やはり同志社の創立者として知られる新島襄の旧邸でした。まったく予定していなかった立ち寄りでしたが、こうした思いがけない出会いも旅の大きな魅力です。入り口のスタッフの方に尋ねると、毎週土曜日は特別公開の日で、建物の内部も見学できるとのことでした。ここまで予定以上に時間を使ってしまっていましたが、せっかくの機会なので見学することにしました。 新島襄は、明治時代の日本において近代的な教育の実現を目指した人物として知られています。海外で学び、キリスト教や欧米の教育思想に触れた新島襄は、帰国後に京都で同志社英学校を創立し、日本の新しい教育のあり方を切り開こうとしました。その新島襄が暮らした旧邸が、京都の町なかに今も残されていること自体、とても貴重なことだと思います。しかも、この建物は単なる住まいではなく、新しい時代の思想や暮らし方を映し出す場でもあったのでしょう。明治という、和と洋、伝統と近代が激しく交差した時代の空気を、建物そのものから感じ取ることができるように思えました。 最初に見た日本風の附属屋は、落ち着いた雰囲気の建物でした。展示品もありましたが、同志社社史資料センター所蔵資料のレプリカが中心だったようで、いつか訪れてみたいと思っていた資料センターの予習のような時間にもなりました。この附属屋は新島襄の両親のために建てられたものだそうで、そのことを知ると建物の見え方も変わってきます。新しい時代の教育を志し、西洋の知識を積極的に取り入れた新島襄ですが、その一方で家族を大切にし、日本的な暮らしの空間もきちんと用意していたことが伝わってきます。近代化というと、何かを一方的に捨てて新しいものに入れ替えるような印象を持ちがちですが、実際にはこうして古いものと新しいものを併せ持ちながら進んでいったのだろうと感じました。 続いて見学した母屋は洋風の造りで、附属屋とはまた違った魅力がありま...

寺田倉庫G1ビル:NAKED meets ガウディ展:“作品鑑賞”ではなく“思考体験”としてのガウディ

東京都品川区の寺田倉庫G1ビルで開催された「NAKED meets ガウディ展」に行きました。2月11日の午後に一度訪れたときは、想像以上の人気で入場が3時間待ちになってしまい、その日は予定を変更して引き返しました。せっかくなので仕切り直し、別の日の朝10時少し前に再訪すると、この時間でもすでに人が多く、入口を抜けた先のエレベーター前でしばらく待つことになりました。展覧会が始まる前から熱量が伝わってきて、「ガウディは“作品”というより“体験”として見られているのかもしれない」と思いながら列に並びました。 会場に入ると、まずガウディの生涯が簡潔に紹介されます。19世紀後半から20世紀初頭のバルセロナは、産業の発展とともに都市が急速に膨張し、同時にカタルーニャ独自の文化が芸術へと結晶していった時代でした。いわゆるモデルニスモ(カタルーニャ・モダニズム)の潮流の中で、ガウディは歴史主義や装飾の流行に回収されない、自然の秩序そのものを建築へ翻訳するような道を選びます。その入口として、この展覧会は「自然から得た造形美」を前面に出していました。 印象的だったのは、自然物と建築部位を並べて見せる導入です。「小麦」とサグラダ・ファミリア上部の塔、「にんにく」とカサ・バトリョの換気塔、「糸杉の円錐」とベリュスグアルドの塔、「キノコ」とグエル公園の煙突、「樹の柱」とサグラダ・ファミリア内部の柱、「ハチの巣」とカサ・カルベットの覗き穴といった対応関係が、説明とレプリカ展示で示されていました。ここで面白いのは、自然を“模倣”するというより、自然の形が生まれる理屈や強度のあり方を“借りている”ように感じられる点です。曲線は気まぐれな装飾ではなく、重さを受け流し、光を導き、空間を育てるための構造そのものなのだと、最初のコーナーだけでも伝わってきました。 次のコーナーでは、バルセロナ来訪後のガウディの作品が、少し変わった見せ方で並びます。壁面にエル・カプリチョ、カサ・ビセンス、グエル邸、アストルガ司教館、カサ・ボティネスなどのファサードが立体的に配置され、そこにプロジェクションマッピングのような映像が流れていました。建物を単体で鑑賞するというより、街の中で呼吸し、時間とともに表情を変える“都市の一部”として体感させる構成で、バルセロナの通りを歩きながら次々に建築に出会う感覚がうまく再現されている...