スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

ラベル(諏訪市)が付いた投稿を表示しています

八劔神社(諏訪大社上社摂社):御柱が語る諏訪の信仰と、舞台に咲く和傘の彩り

長野県諏訪市を訪れた私は、朝早くから諏訪大社の四社巡りを楽しみました。秋宮の厳かな雰囲気や、春宮の穏やかな境内、本宮の歴史を感じさせる佇まい、そして前宮の自然に囲まれた静けさ。諏訪の地に流れる神話と歴史に思いを馳せながら歩くうちに、時間にも少し余裕ができ、せっかくなので他のスポットにも足を運んでみることにしました。 その中で立ち寄ったのが、八劔神社(やつるぎじんじゃ)です。諏訪大社に比べると控えめな佇まいながら、ここにも独特の趣があります。 境内には、諏訪大社と同じように御柱(おんばしら、みはしら)が四本、力強く建てられていました。御柱といえば、諏訪地方を象徴する祭り「御柱祭」を連想せずにはいられません。諏訪大社だけでなく、地域の神社にもこうして御柱が立てられていることから、土地の人々にとって御柱がいかに大切な存在であるかを改めて感じました。 拝殿の前には、まるで舞台のような建物があり、その内部には色とりどりの和傘が飾られていました。普段見かける神社の境内とは少し違う、どこか幻想的な空間。和傘は日本の伝統的な工芸品であり、雨や日差しをしのぐ道具としてだけでなく、舞や祭事などでも用いられます。八劔神社の和傘は、ただの飾りではなく、何かの行事や祭礼に関連したものかもしれません。境内に差し込む春のやわらかな光と和傘の色彩が織りなす光景は、心に残る美しさでした。 八劔神社の創建や由緒については諏訪大社ほど広く知られていないものの、諏訪湖周辺の歴史や信仰と深く結びついていることがうかがえます。古くから地域の人々の暮らしとともに歩み、今も静かにその存在感を放つ神社。訪れる人は決して多くありませんが、だからこそ、ゆっくりとその空気に包まれることができました。 諏訪大社を巡った後に、ふと立ち寄った八劔神社。その静けさと素朴さ、そして御柱や和傘が織りなす独特の雰囲気は、諏訪という土地の多層的な魅力を教えてくれました。旅の最後に、心落ち着くひとときを過ごすことができ、改めて神社巡りの楽しさを感じた一日となりました。 旅程 (略) ↓(徒歩) 諏訪市湖畔公園 ↓(徒歩) 片倉館 ↓(徒歩) (略) ↓(タクシー) 鷲峰山法華寺 ↓(徒歩) 諏訪大社 上社 本宮 ↓(タクシー) 高島城 ↓(徒歩) 八劔神社(諏訪大社上社摂社) ↓(徒歩) 上諏訪駅 周辺のスポット 諏訪湖 諏訪大社 上社 ...

高島城:四社参りのあとに見つけた桃色の楽園

桜の季節に諏訪を巡っていたこの日、諏訪大社の四社をまわり終えた帰り道、タクシーの運転手さんに「駅の近くでどこか見どころはありますか」と尋ねると、「高島城(たかしまじょう)がいいですよ」と勧められました。事前の候補には入れていなかった場所でしたが、結果的にこの寄り道が旅の印象を鮮やかに塗り替えてくれました。 高島公園には南側から入り、まずは園内の諏訪護国神社に参拝しました。 ちょうど桜が満開で、淡い花びらが風に舞い、堀の水面に映る姿まで薄桃色に染めていました。参道を抜けて公園をゆっくり散策すると、石垣と水、そして花がつくる重なりが美しく、城下町の春を凝縮したような光景にしばし足が止まります。 北側の天守へ向かい、館内の展示を見ながら階段を上がって展望階に出ると、足もとに広がる公園一帯が柔らかな桜色に包まれていました。その向こうには諏訪市街が開け、さらに視線を上げると山並みがまだ残雪を抱えています。湖畔の町ならではの澄んだ空気が頬をなで、朝から歩き続けた体に心地よいご褒美となりました。 高島城は、かつて諏訪湖に迫り出すように築かれたことから「浮城(うきしろ)」とも呼ばれた名城です。近世に築かれて以降、江戸時代には諏訪氏の居城として城下町の要を担いました。明治の廃城で多くの建物は失われましたが、現在の天守は復興されたもので、内部は地域の歴史や城の変遷を知ることができる資料館になっています。堀と石垣が今に伝える佇まいは、湖とともに生きた城の性格を感じさせ、ただ眺めるだけでも当時の景観を想像させてくれます。 当初は諏訪大社だけを目的にしていましたが、最後に高島城を訪ねたことで、宗教と武家、祈りと治政、そして自然と都市が折り重なる諏訪の歴史が、一本の糸でつながったように思いました。予定外の寄り道が旅のハイライトになることがありますが、この日の満開の桜と水面に映る天守は、まさにそんな“偶然のご褒美”でした。次は新緑や紅葉、雪景色の季節にも訪れ、湖と城が見せる別の表情を味わってみたいです。 旅程 (略) ↓(徒歩) 諏訪市湖畔公園 ↓(徒歩) 片倉館 ↓(徒歩) (略) ↓(タクシー) 鷲峰山法華寺 ↓(徒歩) 諏訪大社 上社 本宮 ↓(タクシー) 高島城 ↓(徒歩) 八劔神社(諏訪大社上社摂社) ↓(徒歩) 上諏訪駅 周辺のスポット 諏訪湖 諏訪大社 上社 本宮 諏訪大社 上社 ...

諏訪大社 上社 本宮:忘れてしまった石碑の文字の由来

諏訪の一日を「諏訪大社」を軸に組み立てて歩きました。 下社の秋宮と春宮を参拝し、片倉館などにも立ち寄りながら上社へ向かおうとしたのですが、地図で見る以上に距離があり、途中で迷わずタクシーに切り替えました。まず前宮を参拝し、その流れのまま本宮へ。諏訪は一つの社に参れば終わりではなく、土地の広がりそのものが信仰のスケールを物語っているように感じます。 本宮の東側から近づくと、小さな鳥居と社が目に入り、案内図には蠶玉神社とありました。大社の境内に点在する摂社・末社は、古くから地域の暮らしや生業と結びつきながら信仰を支えてきた存在でもあります。 さらに進むと赤い立派な門が見え、惹かれるままに鷲峰山法華寺を先に見学しました。寺からは本宮の三之御柱が望め、諏訪の象徴である御柱が、境内の外からでも確かな存在感を放っていました。諏訪大社の御柱祭は、社殿を持たなかった古い神社の形を今に伝えるともいわれ、巨木を曳き建てる豪壮さの奥に、自然への畏敬を中心に据えた信仰の原型が見えてくるようです。 二之御柱を見たあと境内に入ると、正面には巨大な鳥居が構え、その傍らには石に刻まれた「諏訪大社本宮」の文字がありました。タクシーの運転手さんから「総理大臣の揮毫だ」と教わったものの、どなたの筆だったかは思い出せません。それでも、旅先でこうした由来を聞くと、目の前の風景が急に歴史の層を帯びて立ち上がってくるのが面白いところです。参拝を終えると、森の気配が濃い境内にしばらく身を置き、ここが単なる観光地ではなく、古くから人々が祈りを重ねてきた場所なのだと静かに実感しました。 その後は再びタクシーで上諏訪駅へ戻る予定でしたが、少し時間が余っていることを伝えると運転手さんが高島城を勧めてくれました。せっかくの機会なので城で降ろしてもらい、旅の締めくくりに城下の景色まで味わうことができました。歩いて、迷って、乗り物を使い、寄り道に導かれる。諏訪の旅は、予定通りに進まないからこそ、土地の奥行きが身体に残る一日になりました。 旅程 (略) ↓(徒歩) 諏訪市湖畔公園 ↓(徒歩) 片倉館 ↓(徒歩) (略) ↓(タクシー) 鷲峰山法華寺 ↓(徒歩) 諏訪大社 上社 本宮 ↓(タクシー) 高島城 ↓(徒歩) 八劔神社(諏訪大社上社摂社) ↓(徒歩) 上諏訪駅 周辺のスポット 諏訪湖 諏訪大社 上社 前宮 諏訪大社 下社...

片倉館:大正ロマン香る建築美、歴史を感じる湯処、千人風呂でととのう日

諏訪神社と諏訪湖を目的に長崎県の諏訪市に来ました。 上諏訪駅の近くに片倉館という史跡があったので寄ってみました。 不勉強で「片倉」という名前を全く聞いたことがありませんでしたが、片倉館はかつての財閥の片倉財閥の温泉保養施設だそうです。 昭和3年(1928)年に建設されました。 千人風呂という温泉もあり、今でも入ることができますが、今回は入る時間がありませんでした。次回、また来たいと思います。 中には片倉財閥と交流のあった犬養毅さんや東郷平八郎さんの書も飾られています。 片倉財閥は製糸業が主な産業で、片倉製糸紡績(現在の片倉工業)は富岡製糸場を所有していた時期もありました。日本を支える有数の企業であったことが分かります。 少し離れたところには片倉館を作った片倉兼太郎さんの生家もあるので、いつか訪れたいと思います。 旅程 (略) ↓(徒歩) 諏訪市湖畔公園 ↓(徒歩) 片倉館 ↓(徒歩) (略) ↓(タクシー) 鷲峰山法華寺 ↓(徒歩) 諏訪大社 上社 本宮 ↓(タクシー) 高島城 ↓(徒歩) 八劔神社(諏訪大社上社摂社) ↓(徒歩) 上諏訪駅 周辺のスポット 諏訪湖 諏訪大社 上社 本宮 諏訪大社 上社 前宮 諏訪大社 下社 春宮 諏訪大社 下社 秋宮 高島城 片倉兼太郎生家 関連スポット 富岡製糸場 リンク 【国指定重要文化財】財団法人片倉館 片倉館(国重要指定文化財) | 諏訪観光連盟