キーウの中心部で「怪物屋敷(House with Chimaeras)」と呼ばれる建物を外から見学しました。近づくほどに、装飾の細やかさと全体の不気味さが同居していて、思わず足を止めて見入ってしまいます。個々の彫刻は驚くほど美しいのに、建物全体が放つ妖しさに、なぜ“怪物屋敷”と呼ばれるのかがよく分かった気がしました。 この建物は、20世紀初頭にポーランド出身の建築家ホロデツキーが設計したアール・ヌーヴォーの名作で、場所はバンコヴァ通り10番地。彫刻は友人のイタリア人彫刻家エリオ・サーリャ(Elio Salya)が担当し、神話上の生き物や大型獣、海の生き物などが外壁から屋根にまで絡みつくように配されています。ホロデツキー自身が狩猟好きだったことも、こうした主題選びに影響したといわれます。 敷地は急斜面にかかっていて、正面からは三層、裏手からは六層に見える独特の構成です。コンクリートを巧みに使って基礎をつくり、難しい地盤に建物を据えた技術的挑戦もこの邸宅の魅力の一つだと感じました。 現在、この建物は大統領府の向かいにあり、2005年以降は大統領の迎賓・公式行事に用いられてきました。私が訪れた2013年も中には入れず、厳めしい雰囲気の警備と相まって、外観のみの見学となりました。週末限定の館内ツアーが企画された時期もありましたが、公開は基本的に限定的です。 近くで見れば見るほど、レリーフの陰影や生き物たちのうごめくような配置に引き込まれます。日中は彫刻のディテールがくっきりと際立ち、夕方には屋敷全体が静かに息づくように見えました。観光名所の賑わいから数分歩いただけで、現実と夢の境目があいまいになる――そんな体験をさせてくれる場所です。建築としての完成度と、どこか人の感情にざわめきを起こす物語性。その矛盾が、この家の“怪物らしさ”なのだと思います。 振り返ると、内部に入れなかったことは少し残念でしたが、外観だけでも十分に記憶に残る訪問でした。キーウの街歩きの途中にふらりと立ち寄り、装飾の一体一体に目を凝らす――それだけで、当時の職人たちの息遣いと、建築家が仕掛けた遊び心に触れられます。次に訪れる日には、もう少し長くこの不思議な屋敷の前に立ち尽くしてみたいです。 旅程 ホテル ↓(徒歩) 怪物屋敷 ↓(徒歩) ホテル 周辺のスポット Independence Square 地域...