リガ旧市街を歩いていると、クリーム色の外壁に窓が並ぶ可愛らしい建物の尖った屋根に、背中を弓なりにして尾を高く掲げた猫の像がちょこんと乗っていました。円錐屋根の稜線に前足と後ろ足を器用に掛けて踏ん張る姿は、地上で同じ格好をされたら怒っているのか驚いているのか判断に迷いそうですが、屋根の上ではむしろ街の守り神のような落ち着きがあり、見上げるこちらの頬がゆるみました。猫の素材は銅で、背を丸め尾を立てたシルエットが遠目にもはっきり分かります。 この建物は「猫の家」と呼ばれ、場所は旧市街のメイスタル通り(Meistaru iela)。目の前はカフェが並ぶリーヴ広場で、すぐそばには音楽ホールとしても知られる大ギルドの堂々たる外観がのぞきます。広場を囲む建物群の彩りと相まって、猫の家の黄色い外壁が広場の風景に温かみを添えていました。 猫の家が面白いのは、ただ可愛いだけではなく“小さな因縁”の物語を背負っていることです。もっとも有名な伝承では、建物の持ち主だった地元商人が大ギルドへの加入を拒まれた腹いせに、屋根の猫たちの“お尻”をギルド側に向けて据え付けたのだとか。のちに裁定で向きを変えるよう命じられ、現在はギルドを向く形に直された――そんなオチまで付いています。現地では向きを意識せずに眺めていましたが、伝承を知ってから写真を見返すと、怒って背を丸めたようにも、びっくりして体を反らせたようにも見えるポーズが、持ち主の悔しさと茶目っ気を同時に語っているように思えてきます。 大ギルド 建物自体は1909年の完成。設計はフリードリヒ・シェッフェルで、中世風の意匠にアール・ヌーヴォーの要素を織り交ぜた外観が特徴です。リガはヨーロッパでもアール・ヌーヴォー建築の密度が高い都市ですが、そのなかで猫の家は物語性と造形がうまく結び付いた、街歩きに欠かせない“名脇役”だと感じました。 私が訪れた日も、広場には花壇が波のように連なり、カフェのテラスからは賑やかな話し声がこぼれていました。ふと見上げると、円錐屋根の端で猫が今日も四肢を踏ん張り、どこか斜に構えた視線を遠くへ投げています。怒っているのか、驚いているのか――その曖昧さこそが、旅人の想像力をくすぐる魅力なのだと思います。 旅程 ホテル ↓(徒歩) 聖ローランドの像 ↓(徒歩) ブラックヘッドハウス ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 聖ペテロ教会 ...