東京都墨田区のすみだ水族館に行きました。台風が近づいていて、あまり遠くまで出かける気分にはなれなかったため、屋内で行ける場所を探していたところ、東京スカイツリータウンにあるすみだ水族館にはまだ行っていないことに気づきました。 以前、スカイツリーに来た時にも行こうとしたことがありましたが、その時はチケット購入の列が長く、入館を諦めました。今回は事前にチケットを購入していたため、入口ではほとんど待たずに入ることができました。小雨の日でしたが、当日券の列は20分ほどできていたようで、やはりスカイツリー周辺の人気施設なのだと感じました。 すみだ水族館は、2012年に東京スカイツリータウンの開業とともに誕生した、都市型の屋内水族館です。海沿いではなく、東京の街中、それも高層の商業施設の中にある水族館という点が特徴的です。昔ながらの大きな水族館とは少し違い、限られた空間の中で、照明や展示の見せ方によって雰囲気を作っている印象がありました。 中に入って少し進むと、クラゲのエリアになりました。薄暗い空間の中で、クラゲがゆっくりと漂っていて、かなり幻想的な雰囲気でした。水槽の前では多くの人が立ち止まっていましたが、にぎやかに話すというより、ぼんやりと眺めている人が多かったです。クラゲは動きが大きいわけではないのに、見ていると時間の感覚が少しゆるむようで、雨の日の外の空気とも合っていました。 さらに進むと、雰囲気が大きく変わり、明るく開けたサンゴ礁のエリアに出ました。サンゴのまわりを熱帯魚が泳ぎ、砂の中から細い棒のように伸びているチンアナゴの姿も見えました。クラゲのエリアが静かな夜のような空間だったのに対して、こちらは一気に南の海に出たような明るさがありました。同じ屋内でも、展示のつくり方によってこれほど印象が変わるのは面白いところでした。 すみだ水族館は5階と6階の2フロアを使っており、途中には吹き抜けになっている場所もあります。6階から下を見ると、5階の大きな水槽やペンギンのエリアが見え、限られた建物の中に立体的に水族館が組み込まれていることが分かりました。普通の水族館では横に広がって見ていくことが多いですが、ここでは上の階から下の展示を見下ろすような場面もあり、スカイツリータウンの中にある施設らしい構成だと思いました。 その後、5階に下りてペンギンのエリアに向かいました。かなり大...
大学の考古学の授業のために、池袋周辺の遺跡を調べていたところ、氷川神社裏貝塚と池袋東貝塚という名前を知りました。池袋というと、現在では大きな駅や商業施設の印象が強い場所ですが、少し調べてみると、縄文時代の貝塚があった地域でもあることが分かります。 最初に向かったのは、東京大学総合研究博物館でした。博物館のデータベースによると、氷川神社裏貝塚の出土品を所蔵しているようでしたが、残念ながら展示はされていませんでした。実物を見ることはできませんでしたが、大学の博物館に出土品が収められているというだけでも、この地域の遺跡が研究対象として扱われてきたことを感じます。 その後、時間が余ったため、池袋氷川神社と池袋東貝塚再発見の地へ行くことにしました。どちらの周辺も、現在は密集した住宅地になっています。地図を見ながら歩いていると、ここに貝塚があったのだと想像するのが少し難しいほど、日常の町並みの中に溶け込んでいました。 池袋東貝塚再発見の地の石碑は、碧山巖寺東京別院の入口にありました。碧山巖寺東京別院はとてもモダンな建物で、貝塚の石碑とは少し不思議な組み合わせに見えました。後で調べてみると、台湾に関係する寺院のようで、池袋の町の中に、縄文時代の痕跡と台湾とのつながりを感じさせる場所が並んでいることも印象的でした。 石碑によると、池袋東貝塚は蒔田鎗次郎(まいたそうじろう)によって1896年、明治29年に発見された縄文時代の貝塚です。氷川神社裏貝塚、別名池袋西貝塚とともに知られていましたが、周辺の開発が進む中で、正確な位置が分からなくなっていったそうです。その後、2017年、平成29年に行われた発掘調査で貝塚が確認されたことから、「再発見の地」とされているようです。 次に池袋氷川神社へ向かいました。境内はとても整っていて、掃除も行き届いていました。街中の小さな神社というと、場所によってはひっそりとした印象を受けることもありますが、池袋氷川神社は地域の中で大切にされてきた神社であることが伝わってきました。境内には神輿などを収める蔵も複数あり、地域の祭礼との結びつきも感じられます。 境内の石碑によると、天保元年、1830年の記録にはこの村の氷川社が記されており、少なくともその頃にはすでに神社が存在していたようです。また、境内からは縄文時代後期の土器片が発掘されていること、さらに明治時代に...