鹿児島県指宿市にある西大山駅に行きました。 今回の鹿児島旅行では、「白いゼロ戦」を求めて知覧特攻平和会館を訪れました。しかし、残念ながら目的としていた白い機体は見つかりませんでした。せっかく知覧まで来たので、知覧や指宿周辺も観光しようと観光タクシーを貸し切っていたので、戦争遺跡や知覧武家屋敷通り、釜蓋神社、池田湖などを巡りました。その後、運転手さんに案内されて西大山駅へ向かいました。 西大山駅は、JR指宿枕崎線にある小さな無人駅です。駅舎はなく、線路の脇に一本のホームが延びているだけの簡素な造りでした。しかし、私たちが到着したときには、いくつかのグループが駅を訪れており、記念写真を撮っていました。 ホームには「JR日本最南端の駅」と記された碑が立っています。西大山駅は1960年、当時の国鉄指宿線が山川駅から西頴娃駅まで延伸された際に開業しました。2003年に沖縄都市モノレールが開業してからは鉄道全体での最南端ではなくなりましたが、現在もJRの駅としては日本最南端に位置しています 運転手さんがここを案内してくれた理由は、最南端の駅だからというだけではありませんでした。もう一つの目的は、これまでとは違う方向から開聞岳を見せることだったそうです。 この日、私は知覧や池田湖など、主に開聞岳の北側から山を眺めてきました。池田湖では山頂付近が雲に隠れていましたが、それでも独立峰らしい堂々とした姿が印象に残っていました。 西大山駅は開聞岳の東側に位置しています。ホーム付近から眺めると、山の裾野が左右に滑らかに広がり、開聞岳が美しい円錐形をしていることがよく分かりました。周囲に同じような高さの山がないため、その姿はいっそう際立っています。西大山駅が、最南端の駅という鉄道上の記録だけでなく、開聞岳を望む場所としても多くの観光客を集めている理由が分かりました。 開聞岳は標高924メートルの火山で、整った円錐形の山容から「薩摩富士」と呼ばれています。この呼び名は知っていましたが、実際にさまざまな方向から山を眺めてみると、富士山になぞらえられたことにも納得できます。見る場所によって多少印象は変わりますが、どこから見ても形の美しい独立峰でした。 簡素な無人駅、最南端を示す碑、一本の線路、そしてその向こうにそびえる開聞岳という風景は、西大山駅ならではのものでした。列車に乗るためではなく、駅と山...
鹿児島県指宿市の池田湖に行きました。 今回の知覧・指宿周辺の旅は、「白いゼロ戦」を探して知覧特攻平和会館を訪れたことから始まりました。残念ながら目的の機体には出会えませんでしたが、交通の便があまり良くない地域で、観光タクシーを貸し切っていたので周辺を巡ることにしました。 知覧の戦争遺跡や武家屋敷通りを歩き、海辺の釜蓋神社を参拝したあと、車は指宿方面へ向かいました。そうして案内されたのが、開聞岳を望む景勝地として知られる池田湖です。 池田湖は、およそ5700年前の大規模な火山活動によって地面が陥没して生まれたカルデラ湖です。周囲は約15キロメートル、最も深いところは233メートルあり、九州最大のカルデラ湖とされています。湖底には火山地形も残っており、一見すると静かな湖ですが、その成り立ちは薩摩半島が火山活動によって形づくられてきた歴史を物語っています。 江戸時代の古い記録には池田湖に住む龍神の伝説が残され、現代には謎の巨大生物「イッシー」の目撃談も生まれました。また、湖には大ウナギが生息することでも知られています。深く大きな湖を前にした人々が、昔から水面の下に何か神秘的なものを感じてきたことがうかがえます。 この日の鹿児島は、十分に晴れていて、外を歩くと暑さを感じるほどでした。しかし、大陸の方に台風が来ていたためか、あるいは直前まで雨が降っていたためか、湖の水は少し濁っていました。湖面も穏やかに静まり返っているわけではなく、小さな波が絶えず広がっていました。 ただし、岸に立っていても、身体で感じるほど強い風が吹いているわけではありません。雨が降りそうな空でもなく、頭上には青空が広がっています。それでも、山の周辺には厚い雲が集まり、池田湖の向こうにそびえる開聞岳の上部は雲の中に隠れていました。 晴れているのに山頂が見えず、風をほとんど感じないのに湖面は波立っています。目の前の天候だけを見れば穏やかな夏の日ですが、湖と山の様子には、どこか遠方の台風の影響が現れているようでした。 台風というと、激しい雨や強風を思い浮かべます。しかし、中心から離れた場所でも空気や雲、水面の状態を変え、広い範囲に影響を及ぼします。直接その力を感じることはなくても、普段とは少し違う風景を通して、巨大な気象現象が遠くまでつながっていることを実感しました。 開聞岳の美しい山頂をすべて見ることができな...