出雲大社を主な目的に訪れた、島根県出雲市。古代出雲歴史博物館で出雲の歴史に触れ、出雲大社に参拝したあと、出雲阿国ゆかりの場所や稲佐の浜を歩きました。その後はタクシーで日御碕神社と出雲日御碕灯台を巡り、この日の最後に向かったのが旧大社駅です。 神話や信仰にまつわる場所を訪ねてきた一日の締めくくりに、今度は近代の鉄道の歴史に触れることになりました。 大名屋敷のような、出雲大社の玄関口 旧大社駅の建物を見たとき、まず思ったのは、駅というより、どこかの大名屋敷のようだということです。大きな屋根を構えた堂々とした姿には、普段利用している駅とは違った趣がありました。 駅舎は、中央の建物から左右に翼を広げるような、左右対称の構成になっています。高さや向きの異なる屋根を組み合わせた和風の意匠は、出雲大社に参拝する人々を迎える表玄関にふさわしいものです。単に列車を乗り降りする施設ではなく、出雲に到着したことを印象づける建物だったのだろうと思います。 大社駅が開業したのは、1912年(明治45年)です。出雲今市駅から大社駅までを結ぶ大社線の開通に伴って誕生しました。その後、鉄道網の発達とともに利用者が増え、開業当初の駅舎では手狭になったため、1924年(大正13年)に現在の二代目駅舎が完成しました。建築面積は初代のおよそ二倍になったそうです。今、目の前にある大きな建物は、それだけ多くの人々が出雲を訪れるようになった時代の姿でもあります。 大社線は1990年(平成2年)に廃止されましたが、駅舎はその後も保存され、2004年(平成16年)には国の重要文化財に指定されました。近年の保存修理を経て、2026年4月には公開が再開されています。 タクシーの運転手さんも、若いころにはこの駅を使っていたそうです。明治時代の開業や大正時代の建築という説明を聞くと、遠い昔の場所のように感じます。しかし、実際に利用した人が身近にいると、見方が少し変わります。文化財として見学しているこの建物が、つい数十年前までは日常の移動に使われていた駅なのだと、あらためて実感しました。 高い天井と、「電報」の看板 駅舎の中で最も広いのが、三等待合室です。中に入ると、天井の高さが印象に残りました。頭上には大きな空間が広がっていますが、そこに何かがあるわけではありません。正直なところ、少しもったいない空間のようにも感じました。...
島根県出雲市の出雲日御碕灯台に行ってきました。 今回の出雲観光は、出雲大社を訪ねることが主な目的でした。古代出雲歴史博物館、出雲大社、出雲阿国ゆかりの場所、稲佐の浜と巡り、そこからタクシーで日御碕神社へ向かいました。神社を参拝したあと、次に訪れたのが出雲日御碕灯台です。 神話や信仰にまつわる場所を巡ってきた一日でしたが、ここでは明治時代の建築と、海を行く船を導いてきた技術に触れることになりました。 白い外壁の内側にある、石と煉瓦の構造 出雲日御碕灯台は、1903年、明治36年4月1日に初めて明かりをともした灯台です。地面から塔の頂部までの高さは43.65メートルあり、石造灯台として日本一の高さを誇ります。 外から眺めていて気になったのは、白い壁に見える格子状の模様でした。煉瓦やブロック塀を積み上げたようにも見えますが、装飾として付けられた模様なのか、建物の造りによるものなのか、その場ではよく分かりませんでした。 この灯台の外壁は、実際に切石を積み上げて造られています。ただし、壁のすべてが石でできているわけではありません。外側の石の壁と内側の煉瓦の壁との間に空間を設けた、二重の構造になっているそうです。白い塔の見た目からは分かりにくいですが、その内側には異なる材料を組み合わせた造りが隠れています。 中に入ると、内壁の一部が透明になっていて、その奥にある煉瓦を見ることができました。外からは石造の塔を眺め、内側では煉瓦を確かめることができるので、建物の構造を知る手がかりになります。外壁の模様を不思議に思っていたこともあり、こうして中身を見せてくれる工夫が印象に残りました。 急ならせん階段と、「ゆっくり行きましょう」の声 灯台の内部には、上部の展望台へと続く163段の階段があります。 らせん状の階段はかなり急でした。途中には、足がすくんで動けなくなっている人もいました。すると、待っている人たちが「ゆっくり行きましょう」と声をかけていました。 こういう場所では、後ろに人がいることで、かえって焦ってしまうこともありそうです。それでも、周囲の人が急かすのではなく、落ち着いて進めるように声をかけている様子を見て、せかせかしていなくていいなあ、と思いました。灯台そのものだけでなく、階段の途中で交わされたそんな言葉も、今回の訪問の記憶に残っています。 展望階まで上がると、風が強く吹いて...