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人道の港 敦賀ムゼウム

気比の松原を目的に敦賀市へ来たが、余った時間で敦賀赤レンガ倉庫や金崎宮を見るついでになんとなく寄ったのが敦賀ムゼウム。結果的に敦賀観光で一番良かった場所になりました。 ムゼウムはポーランド語で資料館の意味らしいです。意識してみるとミュージアムに近い発音。 杉原千畝(ちうね)さんに命のビザを発行されたユダヤ難民が上陸したのが敦賀港で、ユダヤ難民受け入れに関わった人や町の人に関する資料館でした。 また、同じようにシベリアのポーランド孤児も受け入れた歴史があり、ポーランド孤児とユダヤ難民受け入れの関することを学ぶことができます まだ勉強不足ですが、杉原千畝さんには興味があり、いつか岐阜の杉原千畝記念館に行きたいと思っていたので、先にこちらで学ぶことができたのは想定外の幸運でした。 旅程 東京 ↓(新幹線/特急) 敦賀駅 ↓(徒歩) 敦賀シンボルロード ↓(徒歩) 敦賀城跡 ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 人道の港 敦賀ムゼウム ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 敦賀駅 周辺のスポット 気比の松原 氣比神宮 敦賀赤レンガ倉庫 金崎宮 関連スポット 杉原千畝記念館 リンク 敦賀ムゼウム

敦賀シンボルロード:新幹線開業前夜の敦賀で、銀河鉄道とヤマトに出会う散歩

気比の松原を目的に福井県敦賀市へ向かい、駅から「敦賀シンボルロード」を歩きました。 ちょうどこの頃の敦賀駅には、北陸新幹線の延伸開業を告げる横断幕が出ていて、「いま街が変わる途中なんだな」という空気がありました。なお、北陸新幹線(金沢―敦賀間)はその後、2024年3月16日に開業しています。 駅前でまず目に入ったのが、古代の鎧姿の「都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)」像です。聞き慣れない名前でしたが、敦賀という地名の由来に関わる人物として『日本書紀』などに伝承が残り、敦賀が古くから対外的な門戸(港=津)として機能してきたことを連想させる存在でもあります。 そこから少し歩くと、今度は一気に世界観が変わります。商店街沿いの通りに、松本零士作品の「銀河鉄道999」と「宇宙戦艦ヤマト」の名場面を再現したモニュメントが点在していて、散歩がそのまま“作品の回廊”になります。これらのモニュメントは、敦賀駅から氣比神宮へ向かう商店街(シンボルロード)沿いに設置されており、街の中心部を歩きながら自然に巡れるのが面白いところです。  最初に出会ったのは「銀河鉄道999」の車掌の像でした。子どものころにアニメで見た記憶はあるものの、正直なところ全キャラクターや細かな場面までは思い出せません。それでも、メーテルや鉄郎のように「名前と輪郭だけは覚えている」存在が目の前に現れると、記憶の引き出しが少しずつ開いていく感じがありました。像のそばには簡単な説明も添えられていて、覚えていない部分があっても“置いていかれない”つくりになっています。 この日は気比の松原や氣比神宮なども回ったあと、帰り道は行きとは反対側のルートで駅へ戻りました。すると今度は「宇宙戦艦ヤマト」側のモニュメントが続きます。こちらも、私の記憶に残っていたのは「宇宙船」くらいでしたが、銅像と説明を追ううちに、点だった知識が線になって「たぶんこういう全体像なのだろう」という理解の気配が立ち上がってきます。子どものころには難しく感じたであろう物語が、“街の展示”として再編集されているのが印象的でした。 歩き終えてから調べると、このシンボルロードのモニュメントは1999年、敦賀港の開港100周年を記念して設置されたものだと知りました。さらに敦賀は、かつて国際連絡の結節点として鉄道と港が結びついた歴史を持ち、東京とパリを結ぶ「欧亜国...