大阪府堺市にある反正天皇陵、田出井山古墳に行きました。 この日は、世界遺産に登録されている百舌鳥・古市古墳群をめぐるため、朝から大阪を訪れていました。午前中は藤井寺市側の古市古墳群を見て回り、午後からは堺市側の百舌鳥古墳群へ移動しました。大仙陵古墳や堺市博物館などを訪れたあと、この日の最後に向かったのが反正天皇陵でした。 百舌鳥・古市古墳群は、3世紀から6世紀にかけて造られた古墳時代を代表する墳墓群で、古代日本の政治的な権力や社会構造を今に伝える遺産です。2019年にはユネスコの世界遺産に登録され、反正天皇陵古墳もその構成資産に含まれています。 反正天皇陵は、宮内庁では第18代反正天皇(はんぜいてんのう)の百舌鳥耳原北陵とされています。古墳としては田出井山古墳とも呼ばれ、百舌鳥古墳群の北端に位置する前方後円墳です。堺市の資料によると、墳丘の全長は約148メートルで、5世紀後半ごろに造られたと考えられています。現在は一重の周濠がめぐっていますが、発掘調査によって、かつては二重の濠があったことも確認されています。 この日、すでに多くの古墳を見てきていました。最初のうちは、古墳の大きさを感じようとして周囲を一周したりもしました。しかし、実際に歩いてみると、地上から古墳を見る場合、その姿は大きな森や濠として見えることが多く、教科書や航空写真で見る前方後円墳の形をそのまま実感するのは難しいことも分かってきました。 そのため、反正天皇陵に着いたころには、無理に全体を歩いて把握しようとするよりも、拝所で静かに向き合う形になっていました。拝所は、他の天皇陵と同じようにきれいに整えられており、周囲の市街地の中にありながら、空気が少し改まるような場所でした。巨大な古墳を前にしているというより、長い時間守られてきた聖域の前に立っている感覚がありました。 百舌鳥古墳群を歩いて印象的だったのは、古墳の大きさそのものよりも、現代の街の中に古代の巨大な墳墓が残り続けていることでした。周囲には住宅や道路があり、駅も近くにあります。それでも、濠と木々に囲まれた古墳は、都市の中で別の時間を保っているように見えました。 反正天皇陵の参拝を終えると、この日の古墳めぐりも終わりになりました。朝から古市古墳群、午後から百舌鳥古墳群と歩き続けた一日だったため、最後は少し疲れもありましたが、古墳というものを実際に...