チュニス旧市街の北側を歩いていると、夕方のやわらかな光に浮かび上がる白いドーム群が見えてきました。いくつもの小さな丸屋根に抱かれるように、中央の大きなドームが鎮座し、遠目にも独特の量感があります。近づいて見上げると、白地の漆喰にところどころ年季の黒ずみが混じり、磨かれた宝物というより、長い時間を住民とともに生きてきた建築だと感じられます。カルタゴ遺跡を巡った同日の締めくくりに、この空気感はとても印象的でした。 このモスクは一般にシディ・マフレズ・モスク(Sidi Mahrez Mosque)として知られ、ムラーディー朝のベイ、ムハンマド・ベイ・エル=ムラーディーの時代に1692年から1697年にかけて建てられたとされます。オスマン帝国期の影響が色濃く、中央ドームを四つの半ドームで受け、その四隅をさらに小ドームが支えるという、外観が段状のドームの集まりに見える構成が特徴です。白く連なる丸屋根の連なりは、旧市街の屋根並みからぽっかりと浮かび上がるランドマークで、チュニスでも屈指のオスマン風モスクとして言及されます。 モスクの名は、10〜11世紀に生き、チュニスの守護聖とも呼ばれる法学者シディ・マフレズ(マフレズ・ベン・ハラフ)に由来します。彼はアリアナの出身で、後年バブ・スイカ地区に住し、その住まいが後に霊廟(ザウィーヤ)となりました。寛容と信仰で知られた人物で、チュニスの記憶の中で今も敬われています。モスク自体は近世の建立ですが、この聖者への敬意が都市の精神史に長く根を張り、礼拝の場の重みをいっそう深めているように感じます。 旧市街(メディナ)は1979年にユネスコ世界遺産に登録され、数百に及ぶモスクや宮殿、霊廟が折り重なる文化景観を成しています。シディ・マフレズ・モスクの白いドーム群は、その重層的な町並みの中で光と影を受け止める器のように存在し、午後の傾いた日差しを浴びると、表面の小さな凹凸や古い手仕事の痕跡まで浮かび上がって見えました。白一色の潔さのなかに、長年の風雨が刻んだ陰影が潜んでいて、写真で見た“まぶしい白”よりもずっと、時間の厚みをまとった白さです。 この日は北側のモスクをいくつか巡ってからここに至り、外から一巡して佇まいを味わいました。中央ドームを取り巻く小ドームのリズム、外壁の控えめな装飾、そして周囲の生活の気配が、礼拝空間を町に溶かし込んでいます。...