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夏目漱石 大江旧居

夏目漱石の旧居2つを見るために熊本市に来ました。 夏目漱石は4年3か月の熊本生活の間に6か所に住んでおり、大江旧居は3番目の家になります。この旧居はもともと大江村(現在の新屋敷1丁目)にあり、1972年(昭和47年)に現在の位置に移築復元されました。 2016年の熊本地震では被害を受けたそうで、最近ようやく修理補強が終わり再公開になりました。 中は様々な資料があり、夏目漱石やその作品について学ぶことができます。 「草枕」は夏目漱石がここから熊本県玉名市の小天温泉に出かけたときの体験をもとに執筆されました。 旅程 羽田空港 ↓(飛行機) 阿蘇くまもと空港 ↓(バス) 桜町バスターミナル ↓(徒歩) 夏目漱石 内坪井旧居 ↓(徒歩) 熊本大神宮 ↓(徒歩) 熊本城稲荷神社 ↓(徒歩) 熊本城 ↓(徒歩) 熊本城・市役所前駅 ↓(路面電車) 水前寺公園駅 ↓(徒歩) 熊本洋学校教師ジェーンズ邸 ↓(徒歩) 夏目漱石 大江旧居 ↓(徒歩) 水前寺成趣園 ↓(徒歩) 水前寺公園駅 ↓(路面電車) 熊本城・市役所前駅 ↓(徒歩) 熊本博物館 ↓(徒歩) 加藤神社 ↓(徒歩) 桜町バスターミナル ↓(バス) 阿蘇くまもと空港 周辺のスポット 水前寺成趣園 熊本洋学校教師ジェーンズ邸 夏目漱石 内坪井旧居 熊本城 熊本博物館 地域の名物 からし蓮根 関連スポット 夏目漱石 内坪井旧居 リンク 夏目漱石大江旧居 | 観光地 | 熊本市観光ガイド 夏目漱石大江(第三)旧居 | くまもとシティ・フィルムオフィス 夏目漱石大江旧居(第三旧居) – 熊本国際観光コンベンション協会

熊本城稲荷神社

旅行業務取扱管理者で学んだ水前寺成趣園や夏目漱石の旧宅の観光目的に熊本に日帰り旅行に来ました。 夏目漱石内坪井旧居を見たあと、熊本城に向かい、途中の熊本城稲荷神社に寄りました。 熊本城稲荷神社は、熊本城の近くに位置し、古くから地域の人々に信仰されてきた神社です。 正確な創建年は不明ですが、1588年(天正16年)に加藤清正(かとうきよまさ)が入国にあたり、熊本城の守護神として勧請し、四百年の歴史があります。 地元では「白髭さん(しらひげさん)」の愛称で親しまれており、これは神社が祀る猿田彦大神が白い髭を持つ老翁の姿で描かれることに由来します。 長い歴史の中で、熊本城稲荷神社は火災や戦災など幾多の困難を乗り越えてきました。特に明治維新や第二次世界大戦の影響を受けましたが、その都度再建され、地域の信仰の中心としての役割を果たし続けています。 現在では、商売繁盛、家内安全、五穀豊穣などのご利益で知られ、多くの参拝者が訪れます。年間を通じて様々な祭礼や行事が行われ、地域の文化や伝統を継承する場ともなっています。境内には、開運水みくじや恋愛アップにおすすめの恋の願掛けがあり、女性の間で話題のスポットになっています。 毎年2月の最初の「午(うま)の日」には初午大祭という、伝統的な祭りが開催されます。この祭りは、稲荷神社の総本社である伏見稲荷大社をはじめ、日本各地の稲荷神社で行われており、稲荷大神が降臨した日を祝う重要な行事とされています。 初午の日は、711年(和銅4年)の2月初午の日に稲荷大神が京都の稲荷山に降臨したと伝えられています。これが稲荷信仰の始まりとされ、この日を祝う初午祭が各地で行われるようになりました。 熊本城稲荷神社の初午には「稲荷詣りは福詣り、初午詣りは福詣り、白髭詣りで福迎え」というキャッチフレーズがあります。 熊本城稲荷神社は、熊本の歴史と文化に深く根付いた神社です。その長い歴史を通じて、人々の願いを受け入れ、地域の発展に寄与してきました。熊本城を訪れる際には、ぜひ立ち寄ってその歴史に触れてみてください。 旅程 羽田空港 ↓(飛行機) 阿蘇くまもと空港 ↓(バス) 桜町バスターミナル ↓(徒歩) 夏目漱石 内坪井旧居 ↓(徒歩) 熊本大神宮 ↓(徒歩) 熊本城稲荷神社 ↓(徒歩) 熊本城 ↓(徒歩) 熊本城・市役所前駅 ↓(路面電車) 水前寺公園駅 ↓(...

加藤神社:清正公を訪ねて、熊本城の復興を見つめる

熊本県熊本市の加藤神社に行きました。 この日は朝から熊本市内を観光しており、夏目漱石の内坪井旧居、熊本城、水前寺成趣園、熊本博物館などを巡っていました。加藤神社は熊本城の敷地内にありますが、午前中に熊本城を見学した際には立ち寄りませんでした。しかし、一通りの観光を終えても飛行機の時間まで少し余裕があったため、旅の最後にもう一度熊本城の周辺へ戻り、加藤神社を訪れることにしました。 加藤神社は、その名の通り加藤清正を主祭神として祀る神社です。加藤清正は天正16年(1588年)に肥後へ入り、治山治水や水田開発などを進める一方、茶臼山と呼ばれた台地に熊本城を築き、慶長12年(1607年)に完成させました。熊本では現在でも「清正公(せいしょこ)さん」と呼ばれるほど親しまれている人物です。 ただし、加藤神社そのものが清正の時代から存在していたわけではありません。明治4年(1871年)、神仏分離の流れのなかで、熊本城本丸と宇土櫓の間に「錦山神社」として創建されました。その後、明治7年(1874年)に熊本城外の京町へ移り、明治42年(1909年)には加藤神社と改称されます。そして昭和37年(1962年)、再び熊本城内の現在地へ遷宮しました。いったん城外へ出た清正を祀る神社が、約90年を経て清正自身が築いた城へ戻ってきたことになります。 神社の入口へ行くと、鳥居の周囲には「清正公」と書かれた旗がいくつも並んでいました。熊本城を歩いていると加藤清正の名前を何度も目にしますが、その人物自身を神として祀っている場所だけに、ここではより直接的に清正への信仰を感じます。 境内に入ると、社殿は巨大な城郭建築を見た後だったこともあってか、思っていたよりも小さく感じました。白い壁が印象的で、熊本城の黒い板壁や石垣とはまた違った、静かで落ち着いた雰囲気があります。午前中に多くの観光客とともに歩いた熊本城とは少し空気が違い、旅の終わりに立ち寄るにはちょうどよい場所でした。 一方で、加藤神社周辺で特に印象に残ったのは、神社そのものよりも、周囲に並べられていた熊本城の石垣の石でした。2016年4月の熊本地震では熊本城も大きな被害を受け、建物だけでなく、多数の石垣が崩落しました。2017年から本格的な復旧工事が始まり、大天守の外観は2019年、天守閣全体は2021年に復旧していますが、城内ではその後も石垣や櫓...