鹿児島県南九州市頴娃町にある釜蓋神社を参拝しました。 今回の鹿児島旅行では、「白いゼロ戦」を求めて知覧特攻平和会館を訪れました。しかし、残念ながら目的としていた白いゼロ戦は展示されていませんでした。 知覧や指宿周辺には公共交通機関だけでは訪れにくい場所も多いため、この日は観光タクシーを貸し切っていました。知覧特攻平和会館や周辺の戦争遺跡、知覧武家屋敷通りなどを巡ったあと、運転手さんの案内で釜蓋神社に向かいました。 釜蓋神社の正式名称は、射楯兵主神社といいます。「いたてつわものぬしじんじゃ」と読む難しい名前で、素盞鳴命などを祭神とする神社です。創建された年代は明らかではありませんが、江戸時代にはすでにこの地で信仰されていました。享保元年に火災で焼失し、その翌年に再建されたことや、天保14年に薩摩藩主の島津斉興が国家鎤護と武運長久を祈願したことも伝えられています。 「釜蓋神社」という通称には、この地方に残る不思議な伝説が関係しています。天智天皇と妃の大宮姫を迎えるため、大量の米を炊いていたところ、強い風によって釜の蓋が吹き飛ばされ、大川の浦に落ちたといいます。土地の人々はその釜蓋を拾い上げ、神としてまつったことから、釜蓋神社と呼ばれるようになったそうです。 運転手さんによると、なでしこジャパンの選手たちが近くで合宿した際に参拝し、その後の活躍によって、勝負運にご利益のある神社として広く知られるようになったそうです。現在では、サッカーに限らず多くのスポーツ選手が訪れる神社になっています。 この日の鹿児島は、ところどころに厚い雲が浮かんでいたものの、暑さを感じるほどよく晴れていました。一方で、大陸方面には台風が来ていたため、釜蓋神社を取り囲む海は激しく荒れていました。 神社は入り江の岩礁に突き出すような場所に鎮座しています。普段はもっと穏やかな海だそうですが、この日は大きな波が次々と押し寄せ、岩にぶつかって白いしぶきを上げていました。海辺の神社らしい美しさよりも、自然の力強さや怖さの方が強く感じられる光景でした。 境内に入ると、濃い赤色の鳥居が目に入りました。一般的な神社で見かける明るい朱色よりも深い色に見え、本殿も白と濃い赤を組み合わせた、よく目立つ色合いでした。 なでしこジャパンの話を聞いた直後だったこともあり、その色使いから、最初はどことなく女性的な印象を受けました。...