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田島弥平旧宅:蚕都の原点、日本の近代化を支えた養蚕農家の知恵と工夫

世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」を構成する4つのうちの一つだが、一般的には富岡製糸場しか知られていません。 田島弥平 さんのこともほとんどの人に知られていません。 田島弥平さんは明治15年(1882年)ごろに蚕の卵の輸出で財を築き活躍され、養蚕業がさかんな時代に卵の品種改良したり自分で海外に売りに行かれたりしました。 ガイドさんが言うには、後の孫さん、松下幸之助さんのような起業家。しかし現在ではほとんど知られていません。孫さんやスティーブ・ジョブズも100年、200年後には忘れられてしまうのでしょうか。 近くに元小学校を利用した田島弥平旧宅案内所があり、さらに詳しい説明を聞いたり資料を見ることができます。 2階にはたくさんの資料が保存されていて、日々研究が進んでいるそうです。 学校の校章もまゆや蚕の葉でデザインされおり、この地で養蚕業がとても大切な産業であったことも説明いただきました。 この日は埼玉県側の深谷駅から歩いてきましたが、途中で出会う町の方々がほんとうに親切で、道中に気軽に話しかけられたり、他の観光スポットについて丁寧に教えてくれたり、昼食で入ったところは急遽席を作ってくれたりと、将来はこういうところで観光案内などをしながら老後をゆっくり過ごすのも良いなと思いました。 旅程 (略) ↓(徒歩) 諏訪神社(深谷市血洗島) ↓(徒歩) 日本基督教団島村教会 ↓(徒歩) 田島弥平旧宅 ↓(徒歩)  縁切寺満徳寺資料館 ↓(徒歩) 新田義重夫妻の墓(徳川館跡の宝塔)  ↓(徒歩) 徳川東照宮(太田市) ↓(徒歩) 世良田東照宮 ↓(徒歩) 新田荘歴史資料館 ↓(徒歩) 長楽寺 ↓(徒歩) 世良田駅 周辺のスポット 旧渋沢邸「中の家(なかんち)」 渋沢栄一記念館 地域の名物 煮ぼうとう : ほうとうと似ているけどこちらは醤油ベース 関連スポット 富岡製糸場 高山社跡 荒船風穴 リンク 田島弥平旧宅/伊勢崎市

日本基督教団島村教会:明治の養蚕地に残る水色の十字架

群馬県伊勢崎市境島村にある日本基督教団島村教会を訪れました。この日は朝から、渋沢栄一と田島弥平に関係する史跡をたどるつもりで、埼玉県の深谷駅から歩き始めました。深谷の街を探索し、血洗島の諏訪神社を訪れた後、次の目的地である田島弥平旧宅へ向かっている途中、地図上に史跡として表示されていたこの教会が目に入りました。もともとの予定には入れていなかった場所でしたが、田島弥平旧宅に近い島村の中にある史跡ということで、少し寄ってみることにしました。 遠くから見えた建物は、屋根に十字架を掲げた教会らしい姿をしていました。ただ、壁の色が明るい水色で、外観も比較的新しく見えたため、最初は「本当にここで合っているのだろうか」と少し迷いました。歴史的な建物というと、古びた木造建築や重厚な外観を想像しがちですが、目の前の教会は、田園地帯の中に静かに立つ、どこか親しみやすい建物でした。人影もなく、周囲の空気も落ち着いていて、観光地というよりも、今も地域の生活の中にある信仰の場所という印象を受けました。 説明パネルを読んでみると、この教会堂は国登録有形文化財で、明治30年、つまり1897年に建てられたものだと分かりました。現在の外観は、昭和25年、1950年の増築によって大きく変わっているようで、遠目に新しく見えた理由もそこで納得できました。文化遺産オンラインでも、建物は明治30年建築、昭和25年増築とされ、木造平屋一部2階建、瓦葺の小教会堂として紹介されています。屋根や玄関まわりには洋風の意匠が見られ、簡素なハーフチンバー風の玄関が特徴とされています。 伊勢崎市の説明によると、島村におけるキリスト教の始まりは、明治20年に田島善平(ぜんべい)の自宅内に「美以教会島村講義所」が建てられたことにさかのぼります。その後、信徒が増えたため、明治30年に現在地へ教会堂が建てられました。昭和25年には二階建ての集会室が増築され、さらに昭和34年には礼拝堂北正面に講壇が拡張されたとされています。現在の教会堂と保育園舎は、地域の歴史景観のシンボルにもなっているとのことです。 この教会が興味深いのは、単に明治時代の教会建築というだけでなく、島村の蚕種業と深く結びついている点です。ぐんま絹遺産の説明では、蚕種業者の田島善平らが蚕種の輸出で横浜へ行った際にキリスト教に触れ、明治30年に現在の場所に教会を建てたとさ...