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龍寶山 萬昌院功運寺:吉良上野介と文化人が眠る町角

中野駅にスクーターを置いて周辺を歩いているうちに、静かな門前へ吸い寄せられるように萬昌院功運寺(ばんしょういんこううんじ)にたどり着きました。

山門をくぐると、境内には夏の光が落ち着いて差し込み、コロナ下で遠出ができなかった落ち着かない気分が、すっと静まっていくのを感じました。ここは曹洞宗の寺院で、もともと江戸市中にあった久宝山萬昌院と竜谷山功運寺が大正期に現在地へ移り、戦後の昭和23年に合併して今の寺号になったと伝わります。歴史を調べると、萬昌院は天正2年、今川義元の子・氏真の四男にあたる長得が開基、功運寺は慶長3年に永井信濃守尚政が父祖の菩提のために創建したという由緒で、江戸の記憶を今日へとつなぐ場所なのだと実感します。

この寺を広く知らしめているのが、赤穂事件で名の残る吉良上野介義央(きら こうずけのすけ よしひさ)の墓所です。墓域には吉良家14代から17代の供養塔が並び、討ち入りの夜に斃れた上野介の名も刻まれています。門前には中野区の文化財として吉良家墓所を示す案内板が立ち、歴史の現場が今も地域の手で静かに守られていることが伝わってきました。年末にたびたび上演される『忠臣蔵』のイメージでは悪役として描かれがちな上野介ですが、茶の湯や礼法に通じた教養人としての側面も指摘されており、墓前に立つと、その人物像の複雑さに思いを巡らせずにはいられません。物語がつくった陰影と史実のずれを意識できるのも、史跡を直接訪ねる醍醐味だと感じました。

境内の墓地には、ほかにも文化史を語る名が並びます。江戸後期の浮世絵師・歌川豊国(うたがわ とよくに)の墓は、役者絵や美人画で人気を博した一門の祖にふさわしく、静かな佇まいの中に華やかな江戸の舞台を想像させました。昭和の作家・林芙美子の墓もあり、『放浪記』の一節が胸によみがえるような、飾らない石碑が印象的でした。日々の暮らしの歓びと翳りを掬い上げた作家が、いまは都会の住宅地に包まれて眠っていると思うと、不思議と身近な存在に感じられます。

本堂の前で手を合わせると、境内のすみに幼稚園の建物が見え、ここが地域の日常と地続きであることを思い出しました。江戸から昭和、そして令和へと受け継がれてきた祈りの場は、歴史の重みを湛えながらも、子どもたちの声が似合う柔らかな空気をまとっています。12月には命日にちなむ吉良祭も営まれるそうで、季節の法要や行事が今も息づく寺の時間の流れを想像しました。静かな門前から一歩外に出ると車の音が戻ってきますが、しばしのあいだ歴史の層を歩いた余韻を抱え、またスクーターに跨って町へ戻りました。

旅程

(略)

↓(徒歩)

宝泉寺

↓(徒歩)

萬昌院功運寺

↓(徒歩)

中野駅

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