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8月, 2023の投稿を表示しています

旅篭紀伊国屋資料館:東海道に息づく旅人の影、担い箱の向こうに見えた風景

午前中は、東海道五十三次の宿場町として知られる二川宿を訪ね、その静けさと往時の面影を堪能しました。午後には足を新居に移し、新居関所で幕府の厳しい関所制度の痕跡に触れたあと、歩を進めたのが旅篭紀伊国屋資料館でした。 資料館の扉をくぐると、そこにはかつての旅人たちがひと時の安らぎを得た空間が、丁寧に保存されていました。まず目に入ったのは、角まくら。現代人の感覚では寝苦しそうにも思えるその形に、当時の人々の暮らしの質素さや所作の美しさが垣間見えました。 客の間には、担い箱(にないばこ)が置かれており、旅人が荷物とともに宿に入る情景が自然と頭に浮かびます。 台所には、使い込まれたかまどがあり、湯気の立ちのぼる様子や煮炊きの音まで聞こえてきそうでした。 そして桶型の風呂は、木の香りが残るようで、心まで温まるような雰囲気を醸していました。 建物の奥には日本庭園があり、その一角には水琴窟が設けられていました。耳を澄ますと、涼やかな音がかすかに響き、庭の静けさと相まって、旅の疲れを癒すような空間となっていました。 床の間には季節の掛け軸が飾られ、旅籠としての格式と、もてなしの心が伝わってきました。 江戸の旅を追体験できるこの資料館は、関所とともに訪ねることで、旅と統制が交差する時代の空気をより深く感じることができます。今も残る旅人の記憶に、少しだけ寄り添うことができた一日でした。 旅程 東京 ↓(新幹線/JR) 二川駅 ↓(徒歩) 豊橋市二川宿本陣資料館/商家「駒屋」 ↓(徒歩) 二川駅 ↓(JR) 新居駅 ↓(徒歩) 新居関所跡 ↓(徒歩) 旅篭紀伊国屋資料館 ↓(徒歩) 小松楼まちづくり交流館 ↓(徒歩) 新居駅 関連イベント 周辺のスポット 新居関所跡 小松楼まちづくり交流館 地域の名物 関連スポット リンク 新居宿旅籠紀伊国屋資料館【市指定文化財】/湖西市 紀伊国屋資料館|湖西・新居観光協会【公式】 旅籠紀伊国屋資料館 | iN HAMAMATSU.COM 新居宿旅籠紀伊国屋資料館/ハローナビしずおか 静岡県観光情報

新居関所跡:通る者すべてを見守った場所、歴史の境界線を越えて

豊橋の二川宿を見た後、電車で新居まで来ました。 小松楼まちづくり交流館の方でもガイドの方にいろいろ説明していただきました。現存する唯一の関所だそうです。有名な箱根の関所も再現したものです。 幕府が廃止された後も小学校や役場として使われたため、運良く保存することができ今に至ります。 この周辺にはそれほど観光スポットはありませんが、電車で西に行けば豊橋や二川宿、東にいけば浜松や弁天島があり、移動の途中に寄ってみてはどうでしょうか。 旅程 東京 ↓(新幹線/JR) 二川駅 ↓(徒歩) 豊橋市二川宿本陣資料館/商家「駒屋」 ↓(徒歩) 二川駅 ↓(JR) 新居駅 ↓(徒歩) 新居関所跡 ↓(徒歩) 旅篭紀伊国屋資料館 ↓(徒歩) 小松楼まちづくり交流館 ↓(徒歩) 新居駅 周辺のスポット 旅篭紀伊国屋資料館 小松楼まちづくり交流館 地域の名物 関連スポット リンク 新居関所/新居関所史料館|湖西・新居観光協会【公式】 新居関所・史料館【特別史跡新居関跡】/湖西市

豊橋市二川宿本陣資料館:東海道の記憶をたどる旅 - 二川・宿場町の今昔

江戸時代の面影を今に伝える場所として、愛知県豊橋市の二川宿本陣資料館を訪れました。二川宿は東海道五十三次の宿場町の一つで、かつて多くの旅人たちが行き交った場所です。今も本陣や旅籠屋、商屋などが残り、当時の雰囲気を肌で感じることができます。 まず最初に資料館へ足を運び、二川宿の歴史や東海道の役割について学びました。展示を見ていると、東海道が単なる交通の道というだけでなく、文化や経済の交流拠点として大きな役割を果たしていたことが伝わってきます。 続いて見学したのは、庶民向けの旅籠屋「清明屋」です。建物の家紋が星形で、どこか現代的な印象を受けました。旅籠屋と聞くと、質素なイメージを抱いていましたが、実際には広々としていて思いのほか豪華な造りでした。ここで多くの旅人たちが疲れを癒やしたのでしょう。 次に本陣へ向かいました。本陣は大名や公家など身分の高い人々が利用した宿泊施設です。主屋や美しい庭が印象的で、旅籠屋以上に格式の高さを感じます。東海道を往来する人々の身分や役割によって、宿場の施設にも違いがあったことを改めて実感しました。 その後、少し離れた場所にある商屋「駒屋」に移動しました。ここもまた、想像以上に大きく立派な建物です。当時の東海道沿いの宿場町がいかに活気にあふれていたのか、建物の規模や造りからもうかがい知ることができます。 ちょうど昼時だったこともあり、商屋「駒屋」の敷地内にある蔵カフェ「こまや」で昼食を取りました。歴史ある空間の中で過ごすひとときは、普段のカフェとは違った趣があり、とても印象に残りました。 二川宿本陣資料館を巡ることで、江戸時代の旅や人々の暮らし、そして東海道の持つ意味について、より深く知ることができました。今も当時の息吹が残るこの場所は、歴史好きの方はもちろん、日常を少し離れてタイムスリップしたい方にもおすすめです。 旅程 東京 ↓(新幹線/JR) 二川駅 ↓(徒歩) 豊橋市二川宿本陣資料館/商家「駒屋」 ↓(徒歩) 二川駅 ↓(JR) 新居駅 ↓(徒歩) 新居関所跡 ↓(徒歩) 旅篭紀伊国屋資料館 ↓(徒歩) 小松楼まちづくり交流館 ↓(徒歩) 新居駅 関連イベント 周辺のスポット 地域の名物 関連スポット リンク トップページ|二川宿本陣資料館 商家「駒屋」 – 歴史と文化の継承の地、駒屋 二川宿本陣資料館|観る|観光スポット|歴史|【公...

岡山市立オリエント美術館:岡山で出会う古代のロマン、エジプト、メソポタミア、ペルシャ、オリエント美術の宝庫

岡山城、烏城公園のあと、ふらっと寄ったのが岡山市立オリエント美術館です。 対して期待もせずに入ったのですが、中はかなりの点数の展示物が丁寧に整理されており、もともと古代の作品に興味があったのもあり、良い時間を過ごせました。 岡山市にある「岡山市立オリエント美術館」は、日本でも珍しいオリエント美術専門の美術館です。岡山城や後楽園にも近く、観光の合間に立ち寄るのにぴったりの場所です。 この美術館は1979年に開館し、岡山市が長年収集してきたオリエント(西アジア・中近東)の美術品や考古資料を展示しています。メソポタミアやエジプト、ペルシャ、ギリシャ、ローマなど、古代文明に関する貴重なコレクションをじっくりと鑑賞できます。 建物のデザインも見どころのひとつです。設計は建築家・黒川紀章によるもので、中東のジグラート(聖塔)を参考に作られており、幾何学的な形状が特徴的です。メタボリズム建築の影響が見られ、外観からも独特の雰囲気を感じ取ることができます。館内に足を踏み入れると、落ち着いた照明のもと、美しく展示された古代の工芸品や彫刻が迎えてくれます。 展示室では、メソポタミア文明の楔形文字が刻まれた粘土板や、エジプトのミイラマスク、ペルシャの華やかな陶器など、多種多様な文化の美術品が並んでいます。数千年前に作られたとは思えないほど精巧な装飾やデザインに目を奪われ、当時の人々の暮らしや信仰に思いを馳せることができます。 定期的に開催される企画展も見逃せません。特別展では、より深いテーマに沿った展示が行われることが多く、日本とオリエント文化の意外なつながりを知ることができることもあります。美術だけでなく、歴史や考古学に興味がある方にもおすすめです。 アクセスも良好で、JR岡山駅から路面電車を利用すれば、「城下」電停から徒歩2分ほどで到着します。バスを利用する場合は「天神町」バス停が最寄りです。専用の駐車場はありませんが、周辺にはコインパーキングがあるため、車での訪問も可能です。 入館料は一般300円、高校・大学生200円、小・中学生100円と非常に良心的な価格設定になっています。岡山市内の観光スポットとあわせて訪れれば、充実した一日を過ごせるでしょう。 オリエント美術に特化したこの美術館は、日本国内ではなかなか見られない貴重な作品を間近で鑑賞できる貴重な場所です。岡山を訪れた際には、...

岡山城(烏城):黒い天守が語る戦国のロマン、池田家の城の魅力

後楽園を目的に岡山市に来ました。 後楽園を見た後、後楽園から見える、岡山城(烏城)へ行きました。 岡山城は、上神高直が南北朝時代の正平年間(1346年~1369年)が石山台(岡山)に石山城を築いたのが始まりです。 その後150年ほどは城主の変遷は分かっていませんが、金光宗高(かなみつ むねたか)が城主の時代の1570年(元亀元年)に宇喜多直家(うきた なおいえ)が金光宗高を謀殺し、石山城に移りました。宇喜多直家は、城の改築と城下町を整備を行いました。 1590年(天正18年)~1597年(慶長2年)、直家の子・宇喜多秀家(うきた ひでいえ)が大改修を行い岡山に本丸を移しました。これ以降、岡山城と呼ばれるようになりました。 1600年(慶長5年)、関ケ原の戦いにおいて、宇喜多秀家は西軍についたため、八丈島に流刑になり、小早川秀秋(こばやかわ ひであき)が城主となりました。小早川秀秋は城を改修し、外堀の廿日堀を完成させました。 1615年(慶長20年)、小早川秀秋は急死したため、徳川家康の孫の池田 忠継(いけだ ただつぐ)が城主となりました。 その後、池田忠雄(いけだ ただお、いけだ ただかつ)が城主となり、大改築を行いました。 1669年(貞享4年)、池田綱政(いけだ つなまさ)によって、後楽園が造園されました。 明治以降も池田家の池田章政(いけだ あきまさ)が岡山藩知事となり、1876年(明治6年)に廃城令により、岡山城の堀などが埋め立てられましたが、天守、月見櫓、西之丸西手櫓、石山門などは残りました。 1931年(昭和6年)には天守が国宝となりましたが、第二次世界で天守が焼失しました。 1964年(昭和39年)〜1966年(昭和41年)に天守が再建され、城跡が国指定史跡となりました。 旅程 東京 ↓(新幹線) 岡山駅 ↓(徒歩) 後楽園 ↓(徒歩) 岡山城(烏城) ↓(徒歩) 岡山市立オリエント美術館 関連イベント 烏城夏まつり 周辺のスポット 後楽園 岡山市立オリエント美術館 岡山県立美術館 林原美術館 夢二郷土美術館 岡山県立博物館 地域の名物 関連スポット リンク 【公式】岡山城ウェブサイト 岡山城(烏城)|観光スポット | 岡山観光WEB【公式】- 岡山県の観光・旅行情報ならココ! (※警報発令のため中止)烏城夏まつり2024 | 【公式】岡山城ウェブサイ...