縁切寺として知られる満徳寺を訪れました。朝は深谷市で渋沢栄一にゆかりのある史跡や、世界遺産にも登録されている田島弥平旧宅を巡り、そこから歩いて満徳寺へと向かいました。このあたり一帯は徳川氏発祥の地でもあり、田島弥平旧宅案内所の学芸員の方にそのことを教えていただいて、地域の歴史にも興味を持ちながら散策していた中で、偶然満徳寺に出会いました。
満徳寺は、江戸時代に縁切寺として多くの女性たちを受け入れてきた寺院です。当時の日本社会では、女性が自分の意思で離縁を求めることは非常に難しく、法律や慣習により多くの制約がありました。満徳寺はそんな女性たちの「最後の駆け込み寺」として、夫との離縁を願う妻たちを受け入れ、一定期間の庇護のもとで離縁成立の手続きをサポートしていました。
資料館では、離縁の手続きや当時の社会背景についての解説映像や、貴重な史料の展示を見ることができます。実際に駆け込んだ女性たちがどのような思いで寺を訪れたのか、また縁切寺がどれほど社会的に重要な役割を果たしていたのかが丁寧に紹介されていました。現代の目で見ると「縁切り」と聞くとマイナスイメージもありますが、女性の人権が認められていなかった時代にとっては、満徳寺の存在は一筋の光だったのだと感じます。
現在の満徳寺の敷地には、当時の姿を伝える本堂などの建物が復元されており、発掘調査によって明らかになった跡地や史料も整備されています。歴史を感じながら、静かな境内を歩くと、ここがかつて多くの女性たちの人生の分岐点であったことを思わずにはいられませんでした。
旅の途中でふと立ち寄った満徳寺でしたが、時代を超えて受け継がれてきた女性たちの切実な思いと、社会の変化を肌で感じる貴重な時間となりました。
旅程
(略)
↓(徒歩)
日本基督教団島村教会
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
世良田東照宮
↓(徒歩)
(略)
関連イベント
周辺のスポット
- 伝新田義重夫妻之墓
地域の名物
関連スポット
- 東慶寺(鎌倉):縁切寺の一つ
コメント
コメントを投稿