伊能忠敬旧宅から樋橋(ジャージャー橋)を渡って伊能忠敬記念館に向かいます。
伊能忠敬記念館は、日本の地理学者であり測量家である伊能忠敬を記念して設立された博物館です。忠敬の生涯や業績に関する資料や展示物が豊富に揃っています。2345点の伊能忠敬関連資料(地図・絵図787点、文書・記録569点、書状398点、典籍528点、器具63点)が国宝に指定されています。
伊能忠敬(1745年 - 1818年)は、江戸時代の測量家として有名で、全国を歩き回って詳細な日本地図を作成しました。彼の地図作成技術は、当時としては非常に精密で、日本初の実測による全国地図として高い評価を受けています。
伊能忠敬記念館内は基本的に撮影禁止でしたが、一部特別展示は撮影が可能でした。
伊能忠敬記念館には、彼の測量機器や手書きの地図、当時の測量方法に関する資料が展示されています。忠敬の全国測量の旅の詳細や、その成果である「伊能図」に関する解説もあります。
忠敬は50歳を過ぎてから測量を学び始めた人物で、その生涯や学問への情熱についても深く掘り下げられています。測量を学び始める前の彼の商人としての生活や家族に関する情報も展示されています。
伊能忠敬は、48歳で伊勢神宮へ旅をしたときに、途中で緯度、方位観測を行っており、このころから天文や暦学への興味をいただいていました。
伊能忠敬は、江戸で幕府の天文方である高橋至時(たかはし よしとき)の弟子になり勉強を本格的に始めます。
伊能忠敬は、55歳から次のような10回の測量を行っています。
- 1800年(55歳): 第1次測量(東北・北海道南部)
- 1801年(56歳): 第2次測量(関東・東北東部)
- 1802年(57歳): 第3次測量(東北西部)
- 1803年(58歳): 第4次測量(東海・北陸)
- 1805~1806年(60~61歳): 第5次測量(畿内・中国)
- 1808~1809年(63~64歳): 第6次測量(四国)
- 1809~1811年(64~66歳): 第7次測量(九州1次)
- 1811~1814年(66~69歳): 第8次測量(九州2次)
- 1815~1816年(70~71歳): 第9次測量(伊豆諸島、忠敬は不参加)
- 1816(71歳): 第10次測量(江戸)
1818年、忠敬は73歳で亡くなり、源空寺に埋葬されました。
その後、没後3年の1821年に大日本沿海輿地全図が完成しました。
伊能忠敬記念館は、歴史や地図、測量に興味がある人にはもちろん、彼の挑戦的な人生から学びたい人にもおすすめのスポットです。
アクセスに便利な佐原駅の前には、伊能忠敬の像が立っています。
旅程
東京
↓(鉄道)
香取駅
↓(徒歩 30分)
香取神宮
↓(徒歩 30分)
水郷佐原 山車会館
↓(徒歩)
伊能忠敬旧宅
↓(徒歩)
伊能忠敬記念館
↓(徒歩)
正上醤油店
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佐原駅
↓(高速バス)
東京
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