靖國神社を後にして貨幣博物館へ向かう途中、以前から気になっていた「将門塚」に立ち寄りました。曇天の昼下がりで、夕方には雨が降り出すという予報の日でしたが、塚の周囲は丁寧に清掃され、四季の花が静かに彩りを添えていました。都心の高層ビルに囲まれながらも、そこだけ時間が緩やかに流れているような空気が漂います。
将門塚は、平安時代中期に東国で反乱を起こした平将門の首が祀られていると伝わる場所です。940年(天慶三年)に討たれた将門の首は都へ運ばれ、晒された後に夜な夜な唸り声を上げながら東国へ飛び去った──そんな伝説が『将門記』などに描かれています。やがて首は現在の大手町付近に落ち、土地の人々が塚を築いて慰霊したのが始まりとされます。江戸時代には徳川幕府が塚の修復を命じ、関東大震災後や第二次世界大戦後にも復興が行われるなど、幾度となく整備されてきました。首都中枢の再開発が進む中でも「動かすと祟りがある」と恐れられ、ビルの設計を変更してまで保存を優先したという逸話も残っています。
私が訪れた時間帯には、海外からの旅行者と思しき人々が静かに列を作り、手を合わせていました。観光名所のひとつくらいの軽い気持ちで立ち寄った自分が、少し恥ずかしくなるほどの落ち着いた雰囲気です。近年は歴史や伝統行事を事前に学び、礼儀正しく振る舞う海外の方が増えていますが、その姿勢がこの小さな聖域にも表れていました。
塚の中心には将門の名を刻んだ石碑と賽銭箱が置かれ、周囲には案内板が控えめに立っています。賽銭を投じ、二拝二拍手一拝で祈りを捧げると、都会の喧騒が少し遠のくように感じられました。ビル風に揺れる木々の葉音、参拝者同士が自然に保つ距離感、それらが一体となって厳かな空気を醸し出しています。
将門塚を後にしながら、東京という巨大都市は多層的な歴史の上に立っていることを改めて実感しました。最先端のオフィス街に、千年以上前の戦乱と人々の祈りがひっそり息づいている──そのギャップこそが東京の魅力の一つなのでしょう。気軽に足を運べる立地でありながら、訪れる際には将門の物語と土地の人々が守り継いできた思いに敬意を払いたいと感じました。
雨雲の色が濃くなり始めた空を見上げつつ、次の目的地である貨幣博物館へと足を向けました。短い滞在でしたが、将門塚は雨が落ちる前のわずかな時間に静かで濃密な歴史体験を与えてくれました。都会の散策の合間にこそ立ち寄りたい、小さくも深い記憶の残る場所です。
旅程
市ケ谷駅
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東京駅
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