今日は、台風10号で雨が降っていたため、駅から近い古代オリエント博物館に行ってきました。 古代オリエント博物館は、サンシャインシティの7Fにあります。現在は、「聖書の世界 ―伝承と考古学―」というイベントが開催されていて、旧約聖書の原典の複製などが展示されています。 古代オリエント博物館は、1978年に、古代オリエント専門の博物館として開館しました。 古代オリエント博物館には、古代オリエントの資料が展示されていますが、古代オリエントに関する調査研究も行っています。例えば、シリア北部のルメイラ・ミショルフェ地区にあるテル・ルメイラ遺跡の発掘調査を行いました。 テル・ルメイラ遺跡には、上層、中層、下層の三段の地層があり、およそ1800年間都市として使われてきた形跡が残っています。各層からそれぞれの時代の土器などが見つかっています。 下層は、紀元前2300~紀元前2000年ごろの前期青銅器時代の農村の跡で、出土品から地中海沿岸からメソポタミアまで幅広い交流があったこと分かりました。土器は無文が主流でした。 中層は、紀元前2000年~紀元前1600ごろの中期青銅器時代の集落で、ハンムラビ王の時代の日常生活の遺物が多く出土しました。土器は櫛描文土器(くしがきもんどき)が増えました。 また、家形の土製品も出土しています。奉献用の器などと出土したことから、日本の神棚のように祭祀で使われたと考えられています。 上層は、紀元前900~紀元前600年の中期鉄器時代の城壁に囲まれた町が見つかりました。 他にも旧石器時代からのオリエントの多くの資料が展示されています。 クレオパトラ クレオパトラという名前を聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、「絶世の美女」「ローマの英雄たちを翻弄した魔性の女」といったイメージではないでしょうか。映画や小説の中の彼女は、豪華な衣装に身を包み、カエサルやアントニウスを虜にする妖艶な女王として描かれることが多いです。しかし、歴史研究が進むにつれて、クレオパトラ像は少しずつ塗り替えられています。今では、彼女は単なる恋愛ドラマの主役ではなく、「多言語を操る教養人であり、崩れゆく王国をなんとか守ろうとした政治家」という側面が強調されるようになってきました。 クレオパトラ七世は紀元前69年ごろ、エジプトのアレクサンドリアで生まれました。彼女が属したプトレマイオス朝は...