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8月, 2019の投稿を表示しています

養福寺:月雪梅、石のささやきに耳を澄ます日

本日、谷中の寺町を探索しており、諏方神社から南へ下って荒川区の養福寺(ようふくじ)に立ち寄りました。周辺は小さな坂と路地が入り組み、古い屋根と新しい外壁が交互に現れる、いかにも下町の寺域らしい風景が続きます。境内に入ると、まず朱色の仁王門が視界を奪いました。赤は魔を払う色といわれ、江戸の寺々でも門や灯籠にしばしば用いられますが、ここでも鮮やかな朱が周囲の緑に映え、旅の疲れが一度に覚めるようでした。 養福寺の由緒を示す説明板を読むと、境内には淡林派の句碑が点在しているとありました。梅翁花樽碑、雪の碑、月の碑——いずれも季節や気配を一語で立ち上げる俳諧の呼吸を伝えるもので、石肌に刻まれた文字を追うと、江戸の文人たちがこの土地に息づいていたことが実感できます。谷中一帯は寛永寺の門前町として寺院が集まり、江戸の大火のたびに町の再編が進むなかで、寺は避難と祈りの拠点として機能してきました。こうした歴史的背景が、信仰と文芸が同居する空気を今に残しているのだと思います。 境内は大寺の壮麗さとは違い、手入れの行き届いた庭と静かな本堂が印象的でした。門前の往来から数歩入っただけで音が和らぎ、蝉の声と線香の香りが重なります。俳諧の石碑はただの「見どころ」ではなく、通り過ぎる時間をゆっくりにしてくれる装置のようでした。古いものと新しいものが混ざり合うこの界隈では、建物の年代だけで価値を測ることはできません。朱の門は現在の町並みに鮮烈なアクセントを加え、句碑は過去からのささやきを運んできます。2019年の晩夏、谷中散歩の一コマとして訪れた養福寺は、そんな時間の重なりを確かめさせてくれる場所でした。次に来るときは、季節を変えて、月や雪の句にふさわしい光景の中で石碑をもう一度読み直してみたいと思います。 旅程 (略) ↓(徒歩) 法光寺 ↓(徒歩) 諏方神社 ↓(徒歩) 養福寺 ↓(徒歩) 啓運寺 ↓(徒歩) (略) 周辺のスポット 法光寺 諏方神社 谷中銀座 夕やけだんだん リンク 養福寺/荒川区公式サイト

諏方神社:山車の伝説をたずねて、下町に息づく源氏の面影

荒川区の諏方神社(すわじんじゃ)を訪れたのは、まだ暑さの残る8月の終わり、よく晴れた日のことでした。その日は谷中周辺を歩きながら、いくつかの神社やお寺をめぐっていました。都内とは思えないほど静かな住宅街の一角に、諏方神社は佇んでいました。 鳥居をくぐると、地域の人々に親しまれてきた歴史を感じる境内が広がっています。 社殿の前には「源為朝公の山車」についての説明板があり、荒川区のこの地に源為朝に由来する山車が伝えられていることを知りました。源為朝は、源氏の武将で勇猛果敢な人物として知られています。お祭りの日にはその山車が曳かれるのでしょうか。残念ながらこの日は実物を見ることはできませんでしたが、次の機会にはぜひ、その姿も拝見したいものです。 参拝を済ませ、ふと境内の隅々を見渡すと、都心にいながらも、どこか懐かしさや落ち着きを感じます。神社の隣には法光寺があり、次の目的地としてそちらへと足を運びました。谷中から荒川界隈の神社仏閣を歩くひとときは、都会の中で歴史や伝統に触れられる、心安らぐ時間となりました。 旅程 (略) ↓(徒歩) 法光寺 ↓(徒歩) 諏方神社 ↓(徒歩) 養福寺 ↓(徒歩) 啓運寺 ↓(徒歩) (略) 周辺のスポット 法光寺 養福寺 谷中銀座 夕やけだんだん リンク 諏方神社ホームページ 諏方神社【おすわさま】 - 東京都神社庁 日暮里・谷中の総鎮守「諏方神社」 - 荒川区立図書館 諏方神社/荒川区公式サイト 〜荒川区でご朱印めぐり〜 諏方神社 @西日暮里 | 荒川探訪 by ara!kawa | モノづくりの街・荒川区の地域情報サイト

歌舞伎座ギャラリー回廊:伝統と高層ビルが重なる風景、籠と船と刀が語る舞台裏

本日は歌舞伎座ギャラリー回廊に行きました。 銀座駅から地下通路を東銀座方面へ歩くと、ひんやりした空気の中に扇子や手拭いが並ぶ売店が現れました。地下で既に歌舞伎の世界が始まっているのが面白く、色とりどりの隈取模様のグッズを眺めているだけで気分が高まります。 地上に出ると、唐破風の屋根をいただく古典的な劇場の背後に近代的な高層ビルがそびえ、伝統の殿堂と都市のダイナミズムが一枚の風景に同居していました。少しの違和感と、むしろ未来へとつながる不思議な安心感を同時に覚えます。 このビルは歌舞伎座タワーで、その5階に「歌舞伎座ギャラリー回廊」があります。館内では、舞台で使われる張り子の馬や駕籠、船の道具、刀、豪華な衣裳などが、照明のもとで静かに存在感を放っていました。近くで見ると、観客席からはわからない細工が随所に施されていて、道具一つにも物語を背負わせる手仕事の積み重ねが伝わってきます。 壁面には歌舞伎独特の化粧「隈取」の実例が並び、赤は勇壮、藍は冷酷、茶は怪異といった色が役柄の性格や心情を示すことを改めて学びました。役者の「見得」と同じように、化粧もまた物語を一瞬で語る記号なのだと感じます。 回廊を抜けて屋上庭園へ出ると、銀座の空を切り取るような緑の一角が広がっていました。公演を待つ人たちがベンチで休み、遠くに首都高の走る音がかすかに響きます。都会の真ん中で、舞台の高揚と開演前の静けさが交わる、不思議に落ち着く場所でした。 歌舞伎は、江戸初期に出雲阿国のかぶき踊りに端を発し、江戸や上方の庶民文化と共に成熟してきた芸能です。明治期に誕生した歌舞伎座は、火災や震災、戦災を経て何度も再建され、現在の建物は伝統的な劇場意匠と高層オフィスを一体にした形で2010年代に新たな門出を迎えました。格式を守りながら現代の都市と共生する設計は、歌舞伎そのものが時代に応じて上演様式や舞台技術を更新してきた歴史と響き合っているように思います。 今回は公演の時間が合わず舞台は見られませんでしたが、道具と化粧の世界を覗いたことで、次は客席に座って音と光と所作が一体となる瞬間に立ち会いたいという思いが一層強まりました。地下で手に取った扇子の柄を思い出しながら、伝統が現在形で息づく銀座の劇場を後にしました。次に訪れるときは、幕が上がる直前の鼓動も含めて味わいたいと思います。 旅程 銀座駅 ↓(徒歩) 歌舞...