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2月, 2011の投稿を表示しています

美羅城:上海で出会う未来的な外観と雑多な活気

上海の電気街をいくつか見て回ったあと、美羅城にも足を運びました。上海には大規模な商業施設が数多くありますが、その中でもこの建物は、遠くからでもすぐにそれと分かる独特の姿をしていました。特徴的な半球の外観は、ただ大きいというだけではなく、街の中でひとつの目印として立っているような存在感があり、にぎやかな上海の風景の中でも強く印象に残りました。 美羅城がある徐家匯は、単なる買い物の街ではありません。徐家匯という地名は、明代の学者であり西洋との交流でも知られる徐光啓に由来し、この地域は長いあいだ中国と西洋文化が交わる場所として発展してきました。現在でも文化施設、教育機関、商業施設が集まり、歴史と現代的な都市機能が重なり合うエリアとして知られています。そうした背景を知ると、電気街や大型商業施設が集まる光景も、単なる消費の場ではなく、上海という都市の発展の積み重ねの上にあるものとして見えてきます。  美羅城そのものも、徐家匯を代表する存在のひとつです。徐家匯の商業圏は1980年代に発展し、地下鉄駅を核にした環状型の商業エリアとして上海で先駆的な位置を占めました。その中心にある美羅城は、直径41.2メートルの巨大な球体を冠した外観で知られ、徐家匯のランドマークとなっています。また、1998年5月に開業した施設で、上海の近代的な商業発展を象徴する建物のひとつでもあります。私が2011年に目にしたあの印象的な半球は、単に奇抜なデザインではなく、街の成長そのものを象徴する記号だったのだと思います。 中に入ると、電気店がところせましと並んでいました。整然とした高級商業施設というより、店や商品や人の気配がぎゅっと詰め込まれたような空間で、歩いているだけで強い熱気を感じました。最新の機器を見比べたり、店ごとの違いをのぞき込んだりしながら歩くうちに、当時の上海の勢いのようなものが、そのまま建物の中に流れ込んでいるように思えました。日本の家電量販店とはまた少し違い、密度の高い商売の空気がそのまま表に出ている感じがあり、私はそこに強く「中国らしさ」を感じました。 旅先で商業施設に入ると、その土地の暮らしや時代の雰囲気がよく見えることがあります。寺院や博物館のような歴史的な場所ではなくても、人々が何を求め、どのように集まり、どのような活気を生み出しているかが分かるからです。美羅城もまさにそ...

上海トランスラピッド:300キロの先にあった意外な振動

上海には、中国元の預金のために何度も通っています。「いつかは」と思い続けていた空港アクセスのリニアモーターカーに、この日ようやく乗りました。 日本の新幹線は静かさでも世界に名を馳せていますから、レールから浮上するリニアならなおのこと——と期待して車内に入ると、発車と同時に数字がみるみる跳ね上がり、あっという間に時速300キロを超えました。加速の鋭さは痛快でしたが、体感は意外と荒々しく、地方の在来線に揺られているかのような強い振動に少し怖さも覚えました。浮いているからこそ静か、という先入観が見事に裏切られた体験です。 その一方で、揺れの中でも速度を伸ばし続けるリニアの力強さにも感心しました。あらためて、日本の新幹線が速度と静粛性、乗り心地の三拍子を高い次元で両立していることを実感し、同時に「方式が違えば性格も違う」のだと腑に落ちました。技術の方向性や設計思想の違いが、乗り味にそのまま現れるのですね。 振り返れば、上海のリニアはドイツのトランスラピッド方式を導入し、2001年に着工、2004年に営業運転を開始した路線です。浦東国際空港と市内の龍陽路駅を結ぶおよそ30キロの短距離ながら、営業最高速度は時速431キロに達し、世界最速クラスの空港アクセスとして知られています。2003年には試験走行で時速501キロを記録したとも伝えられており、速度のポテンシャルは折り紙付きです。 日本でも中央新幹線(超電導リニア)が建設中で、いつかはこの国でも「浮く列車」の長距離営業に乗れる日が来ます。開業時期は不透明で2034年以降の見通しともされますが、長年磨いてきた新幹線の知見がどのように活かされるのか、一人の旅人として楽しみに待っています。 あの日の高速走行と手のひらに残った振動は、上海の空気とともに、今も鮮やかに記憶に刻まれています。次に乗るときは、速度計の数字だけでなく、窓の外の景色の移ろいにも、もう少し心を配ってみたいと思います。 旅程 成田空港 ↓(飛行機) 上海浦東国際空港 ↓( 上海トランスラピッド ) 竜陽路駅 ↓(徒歩) ホテル