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身延山久遠寺:三門と菩提梯の先に待つ歴史と自然、青空に映える五重塔と富士川の清流

本日は、東京から山梨県の身延山(みのぶさん)久遠寺(くおんじ)へと訪れました。朝から晴れ渡り、絶好の旅行日和でした。

東京から電車に揺られ、身延駅に到着した後、そこからバスで身延山の麓へ移動しました。バスを降りて山道を進むと、目の前には巨大な三門が現れます。ところが私は正面からではなく、横の道から三門に向かったため、その巨大さに気付かず、交通整理をしていた方に「久遠寺はどこですか?」と尋ねたところ、「これですよ」と上を指され、あまりの自分の視野の狭さに思わず一人で笑ってしまいました。

三門をくぐると、身延山久遠寺の名物でもある長い菩提梯が待っています。この石段を登るのはかなり大変で、息を切らしながらも、登り切った先には堂々とした本堂が待っていました。

静謐な雰囲気に包まれた本堂で手を合わせ、心静かなひとときを過ごした後、本堂の内部をゆっくり見学しました。

外に出ると、朱色が鮮やかな五重塔が青空に映え、その美しさにしばらく目を奪われました。祖師堂や拝殿、仏殿、大客殿といった建物もそれぞれ歴史を感じさせる荘厳な姿を見せていました。

その後はロープウェイで身延山の奥之院、思親閣へ向かいました。思親閣は日蓮聖人が両親を偲んだ場所とされ、仁王門を通り、祖師堂などを見学しました。ここでは身延山を取り巻く雄大な自然も満喫でき、心が洗われるような思いでした。

ロープウェイで本堂付近に戻り、日蓮大聖人の御廟所周辺をゆっくりと歩きながら見学しました。日蓮宗の開祖である日蓮聖人が最後の9年間を過ごしたこの地は、穏やかな時間が流れ、深い歴史を静かに伝えていました。

帰りはバスを使わず、身延駅まで徒歩で戻りました。1時間ほどの道のりでしたが、山々や富士川の清らかな景色を楽しみながらの散策は心地よく、久遠寺で感じた荘厳さとはまた違った山梨の自然の魅力を味わうことができました。心地よい疲れとともに、充実した一日を締めくくりました。

旅程

東京

↓(JR)

身延駅

↓(バス)

身延山バス停

↓(徒歩)

身延山久遠寺

↓(徒歩)

日蓮大聖人 御廟所

↓(徒歩 約1時間)

身延駅

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