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ボロブドゥール遺跡:雲に浮かぶ火山と、千年の物語を刻む石の回廊

今年の年末年始はツアーでインドネシアを巡っており、三日目も前日に引き続きジョグジャカルタの観光が続きました。ムンドゥット寺院を見学した後、いよいよ今回の旅の大きな目的地の一つである ボロブドゥール遺跡 に向かいました。 ボロブドゥール遺跡は世界遺産に登録されているため、遺跡の周囲には一定の距離内で建物を建てることができず、入口から遺跡まではシャトルバスで移動する仕組みになっています。バスを降りてからもしばらく歩き、大きな道の先に目を向けると、遠くに山のような巨大な構造物が姿を現しました。さらに近づくにつれ、それが単なる「大きい建物」ではなく、圧倒的な質量をもった石の遺跡であることが実感されていきます。 ボロブドゥールは9世紀、ジャワ島を支配したシャイレーンドラ朝によって築かれた大乗仏教寺院で、仏教の世界観を立体的に表した「石の経典」とも呼ばれています。現在は保存のため、遺跡内部への入場は時間制となっており、待ち時間の間にガイドさんが外壁のレリーフについて説明をしてくれました。一番下の層のレリーフは、外側に石段が組まれていて直接見ることができません。この構造については、地震などで崩壊の危険があったため補強したという説と、下層に刻まれた内容が人間の欲望や煩悩といった「望ましくない世界」を表しているため、意図的に覆い隠したという説の二つがあるそうです。 説明を聞きながらふと後ろを振り返ると、雲の切れ間から ムラピ山 の姿が見えました。雨季のため輪郭がはっきりと見えるわけではありませんでしたが、雲海に浮かぶように佇むその姿は、ボロブドゥールが置かれた土地が火山と共にある地域であることを強く印象づける光景でした。 時間になり内部に入り、回廊を一周しながらレリーフの解説を受けました。レリーフは上下二段に彫られており、それぞれが異なる物語を語っています。釈迦の生涯や前世の物語だけでなく、当時の人々の暮らしや社会の様子までが細やかに刻まれており、千年以上前の世界が石の中に閉じ込められているように感じられました。 さらに上の層へと進むと、雰囲気は一変し、ストゥーパが整然と並ぶ空間が広がります。 下の層にあるストゥーパはひし形の穴が開いた形で、上の層では長方形の穴へと変化します。ガイドさんの説明によると、この長方形は「安定」を象徴しているとのことで、煩悩の世界から離れ、悟りへと近づいて...

ムンドゥット寺院/ムンドゥット仏教僧院:根元に咲く沙羅双樹、ジョグジャカルタの仏教空間

インドネシア観光ツアーも3日目になり、この日も昨日に引き続きジョグジャカルタ周辺の観光から一日が始まりました。まず最初に向かったのは、ボロブドゥール近くにあるムンドゥット寺院です。 ムンドゥット寺院は現在修復工事中で、残念ながら中に入ることはできず、敷地の外から眺めるだけになりました。ただ、日本の寺院の修復工事でよく見られるような、足場全体を幕で覆ってしまうやり方とは異なり、ここでは木組みの足場が外側に組まれているだけなので、寺院のシルエットや石造りの雰囲気はある程度わかりました。工事中とはいえ、基壇の上にどっしりと建つ堂の姿は存在感があり、修復が終わった姿もぜひ見てみたいと思わせてくれる景色でした。 ムンドゥット寺院の代わりに、ガイドさんが案内してくれたのが、すぐ隣にあるムンドゥット仏教僧院です。こちらは今も現役の宗教施設で、観光客向けの遺跡とはまた違った、静かな空気が流れていました。 門をくぐってすぐの場所には、金色の大きな荷車のようなものが展示されていました。祭礼の際に使われる山車や神輿のようなものだろうかと想像しながら眺めていると、南国の強い日差しを受けて金色がきらきらと輝き、この土地の仏教行事の華やかさを感じさせてくれました。 境内を進んでいくと、ガイドさんの説明を聞きながら、さまざまな像を見て回りました。穏やかな表情の仏像や菩薩像の中に、一体だけ明らかに雰囲気の違う像がありました。骨ばった体に皮膚が張りついたような、瘦せこけた修行僧と思われる像です。インドの苦行僧や、お釈迦さまが悟りを開く前に過酷な苦行をしていた姿を思わせるような、見るからに厳しい修行の様子が刻まれていました。穏やかな仏像と並んでいるからこそ、「悟りに至るまでの道のり」や「人間の苦しみ」を象徴しているようにも感じられ、短い時間ながら印象に残る場面でした。 僧院の見学を終えたあと、バスで移動している最中も、ガイドさんは熱心に次の見どころを紹介してくれました。この日の目玉の一つとして推していたのが、「沙羅双樹の花」です。お釈迦さまの入滅と関係の深い木として名前だけは知っていましたが、実物を見るのは初めてでした。 沙羅双樹の木は、一見すると普通の大木のように見えますが、よく見ると幹から地上に向かって根が伸びており、その根の部分に直接花が咲いていました。日本で見慣れている庭木とはまったく違う、生...

プランバナン寺院群(ロロ・ジョングラン寺院):神話の物語を歩いて読む、ジャワの大地に残る石の叙事詩

今年の年末年始は、インドネシアを巡るツアー旅行に参加しています。二日目は、首都ジャカルタから中部ジャワの古都ジョグジャカルタへ移動する日でした。年末という時期の影響なのか、このツアーの普段より少し遅めのフライトとなり、その分、朝は慌てることなくホテルで朝食を取ることができました。いつもの旅行であれば、早朝から周辺の市場を歩き回るところですが、この時期のインドネシアは朝から気温が30度近くまで上がります。到着直後から汗だくになるのも避けたかったため、この日は無理をせず、部屋で静かに過ごしてから出発しました。 ジョグジャカルタ到着後は、そのままバスでプランバナン寺院群へ向かいました。車窓から見えてきた寺院の塔は、想像していた以上に高く、後で聞くと最も高い塔はおよそ47メートル、ビルの12階ほどの高さがあるそうです。平地に突き出すようにそびえるその姿は、遠くからでも強い存在感があり、ヒンドゥー教王国がこの地で栄えていた時代の力を感じさせました。 入口から敷地内に入ると、整然と並ぶ塔のエリアの手前に、崩れたままの石材が大量に積まれている場所が目に入ります。瓦礫のようにも見えるそれらは、かつて塔を構成していた石の一部であり、地震などによって倒壊した痕跡だと説明されました。現在立っている塔の数から考えても、往時はさらに多くの建造物が林立していたのではないかと想像が膨らみます。これらが将来すべて復元されるのか、それとも遺構として保存されるのかは分かりませんが、遺産保護の難しさと時間の重みを感じさせる光景でした。 その後、中央に位置する最大の塔に入り、ガイドさんの説明を聞きながら内部を見学しました。外壁には、インド叙事詩ラーマヤナを題材とした物語がレリーフとして彫り込まれており、登場人物や場面が連続して描かれています。単なる装飾ではなく、物語を「読む」ように巡れる構成になっている点が印象的でした。 内部にはいくつかの像が安置されており、男性像や女性像、さらには象の像も見ることができます。ガイドさんによると、それぞれに意味があり、触れることで知性や美しさなどのご利益があると信じられているそうです。宗教的な信仰と、人々の日常的な願いが自然に結びついていることが伝わってきました。 外壁にも目を向けると、猿や鳥などの動物が彫られており、神話の世界観が建築全体に行き渡っていることがよく分かり...

モナス/ムルデカ広場:夜のジャカルタで、独立の記憶に触れる

年末のインドネシア旅行は、ジャカルタのスカルノ・ハッタ国際空港から始まりました。空港名にあるスカルノとハッタは、インドネシア独立の「建国の世代」を象徴する初代大統領と初代副大統領であり、この国に降り立った瞬間から、旅の背景にある歴史が静かに立ち上がってくるように感じます。 到着してまず行ったのは、ビザの取得でした。事前にルピアへ両替していたので支払い自体は問題ないはずだったのですが、慌てて5万ルピア札を出してしまい、何度も「足りない」と言われてしまいました。落ち着いて札束を見直すと、赤い10万ルピア札が中心で、そこに5万ルピア札を組み合わせる形が必要だったようです。最初の関門は、言語よりも紙幣の色と桁感覚でした。 入国審査に向かう途中では「All Indonesiaに登録しましたか」と声をかけられました。ツアー会社から渡されていたQRコード付きの資料を見せると、それで問題なく通れました。後で知ったのですが、この「All Indonesia」は、従来別々に入力していた電子税関申告(e-CD)や健康関連の申告(SATUSEHAT Health Pass)などを統合し、到着カード(Arrival Card)の役割もまとめて扱う仕組みとして導入が進められているものだそうです。 税関でもオンライン化が進んでいて、スマホで登録できる導線が用意されていました。私はどこかで案内を見落としていたらしく、荷物を待つ間に空港内の端末で登録することになりました。便利になる一方で、「ツアーだから大丈夫」と調べ物を手放していた分だけ、現場で一瞬戸惑うのだと実感します。ただ、手続き全体は大きく滞らず、無事にツアーグループへ合流できました。 ジャカルタでの滞在は一泊のみで、翌朝には国内線でジョグジャカルタへ移動します。つまり、ジャカルタを歩けるのは夕食後から翌朝までの短い時間だけでした。夕食を終えたのは21時頃で、部屋を整えた後、私はムルデカ広場へ向かいました。バス移動の途中に、ライトアップされたモナス(国家記念碑)を車窓から眺め、ガイドさんの簡単な説明も聞いていましたが、写真を撮る間がなかったので、どうしても自分の足で近くまで行っておきたかったのです。 ムルデカ広場は、その中心にモナスがそびえる「独立の広場」です。そもそも“merdeka”はインドネシア語で「独立」を意味し、この場所自体が国の物...

紙の博物館:古代からつながる情報インフラ

東京都北区の「紙の博物館」に行ってきました。実は4、5年前にも一度訪れているのですが、そのときは正直なところ、展示の意味を十分に受け止めきれず、ざっと一巡しただけで終わっていました。今回は「紙そのもの」を見に行くというより、「紙がどう生まれ、どう広がり、どう社会を支えてきたのか」を確かめに行くつもりで、じっくり時間を取って見学しました。同じ場所でも、自分の関心の持ち方が変わると、見える景色がまったく違ってくるものだと実感します。 紙の博物館は4階構成で、入口が2階にあります。私はそのまま2階から見学を始めました。2階のテーマは現代から近代にかけての製紙産業です。入ってすぐに目に入るのが、ルイ・ロベールが作成した「世界最初の抄紙機(しょうしき)」の模型でした。紙は身近すぎて、つい「最初から当たり前にあったもの」のように錯覚してしまいますが、紙を連続的に作る仕組みが生まれたことは、情報の流通や産業のスケールを根本から変えた転換点だったのだと、模型の前で改めて思いました。 周辺には産業遺産コレクションとして、ポケット・グラインダーや長網多筒式抄紙機、さらには日本で初めて段ボールを製造した段ボール製造機の復元などが展示されていました。紙という素材は、書く・包む・拭くといった用途だけではなく、輸送や流通の基盤でもあるのだと、段ボールの展示が静かに教えてくれます。普段は商品が届いた瞬間に「箱」としてしか見ていないものの裏側に、装置と技術の積み重ねがあることを意識すると、段ボール一つにも歴史の厚みが宿っているように感じられました。 紙の製造工程の説明も印象的でした。原料が木材か古紙かという入口の違いから始まり、パルプの作成、紙料の調成、抄紙機による紙の形成、そして加工へと続いていきます。各工程で使われる材料や薬品も合わせて展示されており、「紙は自然物のようでいて、実は精密に設計された工業製品なのだ」という当たり前の事実が、具体的な手触りを伴って理解できました。木から紙になるまでの道筋が、単なる知識ではなく工程として頭に入ってくると、紙に触れたときの見方が少し変わります。 続いて3階は体験コーナーです。ここは展示の“理解”が、目から手へと切り替わるフロアでした。紙の肌触りを実際に確かめられるサンプルが並び、同じ「紙」という名前でも、表面の滑らかさ、繊維の感じ、厚みの印象が驚くほど違...

お札と切手の博物館:触れてわかる信用の設計、紙幣の偽造防止を覗く

東京都北区にある「お札と切手の博物館」を訪れました。名前から、どこか懐かしい紙ものの展示を想像していましたが、実際に足を運ぶと、そこは「紙に刷られた歴史」だけでなく、「国家が信用を守るための技術史」まで体感できる場所でした。お札や切手は日常的に目にする存在ですが、当たり前すぎて、その背後にある工夫や積み重ねを意識する機会はあまりありません。今回は、紙片のように見えるものが、どれほどの知恵と手間で支えられているかを改めて感じました。 まず一階の展示は、現在のお札を入口にして、偽造防止技術を具体的に学べる構成になっていました。実物のお札を使いながら、マイクロ文字やホログラム、潜像模様、すき入れ(すかし)、凹版印刷、特殊発光インキなどが、どの位置に、どのような意図で組み込まれているのかが分かるように示されていました。知識として聞いたことのある言葉でも、実際に目を近づけたり、角度を変えて眺めたりすることで、「なるほど、こうやって見分けるのか」と腑に落ちます。さらに、識別マークのように、視覚に頼らない配慮が組み込まれている点も印象的で、お札がただの印刷物ではなく、多様な利用者を想定した公共インフラであることを実感しました。 偽造防止の展示は「現代の技術紹介」で終わらず、歴史と連続して語られていたところが良かったです。偽造という“攻撃”がある以上、通貨の側は常に“防御”を更新し続ける必要があります。原版製作の直刻彫刻から、機械彫刻へと精度と再現性が高まっていく流れや、製版技術における転写法や電胎法といった手法の変遷は、「信用を刷る」行為が、職人技と工業技術の両方に支えられてきたことを示していました。凹版印刷のように、触れることで分かる立体感を生む技術は、見た目だけではなく触覚も検証に利用する発想で、単に複雑にすれば良いのではなく、人が確認できる形で複雑さを設計している点に説得力がありました。 また、日本最古の近代印刷機の一つとされるスタンホープ印刷機の実物展示も、目を引く存在でした。お札や切手の世界は、つい「図柄」や「人物」に意識が向きがちですが、実際にはそれらを大量に、同じ品質で、そして安全に刷るための機械が不可欠です。印刷機の存在を目の前にすると、お札や切手は美術品でもあり工業製品でもある、という二面性がはっきりと見えてきました。 二階に上がると、展示は一気に時間をさかのぼ...

民音音楽博物館:古典ピアノにオルゴールとオートマタ、実演による音の時間旅行

東京都新宿区の民音音楽博物館を訪ねました。入口を入ってすぐ、ちょうど2階で古典ピアノの演奏があると案内され、まずはその“生きた展示”から鑑賞することにしました。目の前で紹介されたのは、1840年のシュヴァイクホーファー、1800年のヨハン・フリッツ、1834年のコンラート・グラーフといった、19世紀前後の楽器です。いずれも同じ「ピアノ」という名前で括られてはいても、構造や響きの設計思想は時代とともに大きく変化してきたことが、解説を聞くうちに実感として伝わってきました。由来や特徴を説明したうえで、その楽器が活躍した時代の作曲家の音楽を実際に演奏してくださるため、文字情報だけでは掴みにくい「音の輪郭」や「余韻の質感」が、耳と身体で理解できるのが印象的でした。 その後、一階で自動演奏装置による演奏があると聞き、展示室を移動しました。自動演奏装置といっても、ここではオルゴールやからくり人形(オートマタ)といった、機械仕掛けで音楽を奏でる装置を指しています。オルゴールの「キング・オブ・レジナ」をはじめ、道化師と椅子のオートマタなど、多様な仕組みの“自動の音楽”を聴き比べる時間は、音の歴史が「作曲家と楽器」だけでなく、「技術と娯楽」「都市文化と家庭の楽しみ」とも強く結びついてきたことを思い出させます。人の手を介さずに音が立ち上がる瞬間には、便利さとは別の、どこか魔術めいた魅力が残っていて、当時の人々がこの装置に熱狂した理由が少しわかる気がしました。 再び2階に戻ってからは、企画展「日本のオーケストラのあゆみ」を見学しました。西洋音楽が日本に本格的に入ってきた近代以降、教育や軍楽、放送、劇場文化といった社会の変化とともに、オーケストラがどのように根づき、広がっていったのかを、資料を通じて辿れる構成になっています。楽団という“集団の表現”は、優れた演奏技術だけで成立するものではなく、聴衆の形成や支援の仕組み、演奏会文化の成熟といった土壌が必要です。展示を眺めていると、音楽史が社会史でもあることが、自然と腑に落ちてきました。 館内には民族楽器のコーナーもあり、弦鳴楽器(げんめいがっき)、気鳴楽器(きめいがっき)、膜鳴楽器(まくめいがっき)、体鳴楽器(たいめいがっき)という分類に沿って解説と展示が並びます。分類の枠組みがあることで、遠い地域の未知の楽器でも「どうやって音が生まれるのか」...