アゼルバイジャン観光の最終日、ホテルで手配してもらった地元ガイド付きのタクシーで郊外へ向かい、Yanar Dagh(ヤナル ダグ/燃える山) を訪れました。車を降りて最初に見えたのは、木もほとんど生えていない素朴な土の丘で、事前知識がなかったこともあり、どこに見どころがあるのか一瞬わからず戸惑いました。ところが足元のあちこちで、何もない地面から炎が揺らめいています。ガイドさんの説明では、地下から噴き出す天然ガスが自然発火して燃え続けているとのことでした。ここは首都バクー近郊のアブシェロン半島にある、いわば「燃える山」で、砂岩の割れ目からガスが滲み出て火が絶えない現象が見られます。泥や液体を噴くのではなく、炎そのものが露出している点が特徴だそうです。
午前中に見たゴブスタンの泥火山とは対照的で、同じ大地の営みでも表情がまったく違うことに驚きました。ゴブスタンは先史時代の岩絵で知られ、2007年にユネスコ世界遺産に登録された文化的景観で、博物館とともに古代のくらしを伝えてくれますが、そこでは冷たい泥がぼこぼこと湧き上がる「火山」を見るのに対し、Yanar Dagh では乾いた斜面の裂け目から炎だけが立ち上るのです。ひと口に「火山」と言っても、泥やガスなど多様な姿があることを、同じ日のツアーで体感できました。
アブシェロン半島は古くから天然ガスの湧出が多く、かつては各地で「永遠の火」が見られたと記録されます。こうした自然の火は、古代からゾロアスター教の火崇拝と結びつき、バクー近郊の火の寺院(アテシュギャー)などにその痕跡が残っています。今日、アテシュギャーの炎は都市ガスで維持されていますが、Yanar Dagh の火は今も自然のガスに支えられて燃え続けていると説明されました。燃える地表を眺めていると、宗教や神話が自然現象から生まれていく過程を、少しだけ追体験した気持ちになります。
現在、Yanar Dagh は「国家歴史・文化・自然保護区」として整備され、2007年の大統領令で保護が定められました。2017~2019年には大規模な改修が行われ、館内展示のミュージアムや屋外の「クロムレック(石環)展示」が公開されています。私が見かけた石碑や家畜の道具のような品々は、この屋外展示の一角で、地域の古い生活道具や石材文化を紹介する目的で集められたものだそうです。炎の前で立ち止まった後、こうした展示を巡ると、この土地の自然と人のくらしが長い時間の中で結びついてきたことが、より立体的に感じられました。
観光の最終日に、泥火山と燃える山という二つの「火の国」の横顔を続けて見られたのは幸運でした。噴火の山だけが火山ではなく、冷たい泥の沸騰や、地面の裂け目から立つ炎もまた、この国の地下に眠るエネルギーの証です。土と炎の匂いを含んだ乾いた風の中で、アゼルバイジャンが「火の土地」と呼ばれてきた理由を、実感として胸に刻む一日になりました。
旅程
ホテル
↓(タクシー)
ビビヘイバット・モスク
↓(タクシー)
(略)
↓(タクシー)
Atashgah Zoroastrian Fire Temple
↓(タクシー)
↓(タクシー)
Museum of Archaeology and Ethnography
↓(タクシー)
空港
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