金沢百万石まつりを見に石川県金沢市を訪れています。混雑を避けて少し早めに市内の寺院を歩きました。空気がまだひんやりとして、通りの提灯や旗が日差しに揺れるのを眺めながら、ふと立ち寄ったのが月心寺(げっしんじ)でした。門をくぐると町中のざわめきが遠のき、石畳に落ちる木陰だけが時間の流れを知らせてくれるようでした。
この日の散策では、祝祭の華やぎの向こうに、震災の爪痕も確かに感じました。能登の被害が大きく注目されていますが、金沢でも屋根や塀にブルーシートがかけられた家がところどころに見え、影響は小さくありませんでした。月心寺の門の写真にも、修繕を待つかのように小さなブルーシートが写り込んでいました。観光の足取りと同じ道を、復旧に向けて働く方々の時間が流れていることを思い、頭が下がる思いがします。
月心寺には、茶道裏千家の祖とされる仙叟宗室の墓があると伝わります。利休から続く千家の流れの中で、裏千家は「宗室」を名乗る家元の系譜を受け継ぎ、武家文化とともに茶の湯を生活の作法へと磨き上げてきました。加賀の地は、前田家の保護のもとで文化が花開いた土地柄でもあり、工芸や茶の湯が重層的に息づいています。百万石まつりが初夏に行われるのも、この街が育んだ歴史の厚みを思い出させてくれます。
境内をゆっくり歩くと、門前に控えめな石碑が目に留まりました。案内には歌碑があると記されていたのですが、どれがそれに当たるのか確信が持てません。石肌に刻まれた文字は風化していて、近づいても一気に読み解けるものではありませんでした。けれど、茶人の生涯や加賀に根づいた作法への敬意が、静かな佇まいの中に自然と立ち上ってくる気がします。墓所のある寺というのは、史実の説明よりも先に、足音の響きや木の匂いで人物像を伝えてくれるのだと感じました。
祭りを前にした朝の境内は、人影もまばらで、小鳥の声だけがよく通りました。やがて市街地に戻れば、加賀友禅の色彩や甲冑行列の気迫に包まれるのでしょう。その前に、茶の湯の祖を偲ぶ静けさと、復旧を待つ青い布の色とに心をとどめる時間を持てたことは、祝祭の一日を支える「余白」を与えてくれました。次に訪れるときは、石碑の文字をもう少し丁寧に読み、歌碑の所在も確かめたいと思います。歴史を辿ることは、華やかな見どころを集めるだけでなく、こうした小さな疑問や祈りに立ち止まる時間そのものを味わうことなのだと、金沢の朝に教えられました。
旅程
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全性寺
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金沢百万石まつり
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