三重県松阪市の松阪市立歴史民俗資料館に行きました。この日は朝から斎宮で博物館や復元史跡を巡っていましたが、少し時間が余ったため、近くの松阪市まで足を延ばしました。御城番屋敷、本居宣長ノ宮、松阪神社、本居宣長記念館、そして松坂城跡を見て歩いたあと、この日の締めくくりとして訪れたのが松阪市立歴史民俗資料館です。資料館も松坂城跡の敷地内にあり、城下町の歴史をたどってきた流れの中で立ち寄るには、とてもよい場所でした。
建物は外から見ただけでもかなり古く見え、いかにも明治の面影を残しているような雰囲気がありました。入り口の説明によると、この建物は明治43年(1910年)に建てられたもので、もとは飯南郡図書館だったそうです。博物館や資料館というと、近年はガラス張りで映像展示の多い新しい施設を思い浮かべることも多いですが、ここは建物そのものがすでに展示物の一つのようでした。長い年月を経た木造建築の空気に包まれながら中へ入ると、これから松阪という町の記憶に触れていくのだという気持ちが自然と高まっていきました。
松阪といえば、私にとってはこれまで松阪牛の印象が強く、歴史や文化についてはほとんど知りませんでした。しかし、実際に町を歩き、最後にこの資料館を訪れてみると、松阪は商人の町であり、城下町であり、学問や工芸、さらに映画文化にもつながる豊かな土地であったことが分かりました。松阪商人、蒲生氏郷(がもううじさと)と松坂城、松阪木綿、そして映画監督の小津安二郎と、ひとつの町から実にさまざまな歴史の糸が伸びていることに驚かされました。
この日に開催されていた企画展は「松阪商人と小津安二郎」でした。小津安二郎というと、日本映画を代表する巨匠として名前はよく知られていますが、その背景に松阪商人の系譜があったということは、この展示を見るまで意識していませんでした。展示では、小津安二郎の祖父である新七(しんしち)が商人でありながら、歌舞伎や相撲を好み、多くの資料を収集していたことが紹介されていました。商いに携わる一方で、芸能や文化への関心を深く持ち、それらを身近に置いていたというのは、いかにも町人文化の成熟を感じさせます。そうした環境の中で育ったことが、小津安二郎の美意識や芸術感覚にも少なからず影響を与えたのだろうと思うと、映画監督のルーツをたどる面白さがありました。
常設展では、松阪商人の家の玄関や部屋の一部が復元されており、商都として栄えた松阪の暮らしぶりを具体的に感じることができました。松阪商人は江戸店持ち商人として活躍し、伊勢の地から江戸へ進出して大きな財を成したことで知られています。そうした商人たちは、単に商売上手だっただけでなく、堅実さや倹約を重んじながらも、文化や学問を支える存在にもなっていきました。松阪の町を歩いていると、派手に権力を誇示するというより、静かに蓄積された教養や気風のようなものを感じることがありますが、資料館の展示はそうした町の性格をよく表していました。
また、松阪木綿に関する展示も印象に残りました。道具や綿(わた)そのものが展示されており、松阪木綿がどのような素材と技術によって支えられていたのかが分かるようになっていました。藍で染められた縞模様の木綿は、実用性と美しさを兼ね備えた織物として広く親しまれたそうです。華美ではないのに洗練されているという点に、町人文化らしい感覚が表れているように思いました。展示ケースの中の道具や素材を見ると、布一枚の背後にも、原料を育て、糸を紡ぎ、染め、織るという長い営みが積み重なっていることが感じられ、工芸というものの重みをあらためて思いました。
城に関する展示では、松坂城の出土品や、蒲生氏郷の銀鯰尾型兜(ぎんのなまずおなりかぶと)も見ることができました。蒲生氏郷の名前は歴史好きでなければすぐに浮かばないかもしれませんが、あの独特な兜を見ると「あの武将か」と一気に記憶が結びつきます。日本の武将は、それぞれの兜や甲冑に強い個性があり、文字情報だけでなく視覚的な印象で人物像が立ち上がってくるところが面白いです。蒲生氏郷は戦国時代の有力武将であり、松坂城の築城や城下町整備にも関わった人物として、松阪の歴史を語るうえで欠かせません。町の基盤がどのようにつくられ、その後の商業や文化の発展へどうつながっていったのかを思うと、先に歩いてきた松坂城跡の風景も、また違って見えてきました。
2階は小津安二郎松阪記念館となっており、「彼岸花」などのポスターや、映画で使用されたカチンコなどが展示されていました。映画そのものの展示であると同時に、松阪という土地と小津安二郎を結びつける空間にもなっており、単なる郷土資料館にはとどまらない広がりを感じました。歴史民俗資料館の中に映画監督の記念館があるという構成も興味深く、地域の歴史を政治や経済だけでなく、文化や芸術の面からも捉えようとしていることが伝わってきました。
近年の博物館は、映像やデジタル技術を使った分かりやすい展示が増えていますが、この資料館はそうした現代的な演出とは少し異なり、狭い建物の中に多くの展示がぎゅっと詰め込まれていました。しかし、その「詰め込まれている」感じがむしろ心地よく、町の歴史や文化を限られた空間の中に大切に収めているようにも感じられました。洗練された展示デザインとは違う、少し昔ながらの資料館らしい魅力があり、展示品を一つひとつ近い距離で見ながら、松阪という町の厚みをじっくり味わうことができました。
朝から斎宮を巡り、最後に松阪でこの資料館を訪れたことで、一日の旅がとてもきれいにつながったように思います。斎宮で古代の歴史に触れ、松阪で城下町と商人文化、そして近代の映画文化まで見ていくと、三重の土地が持つ歴史の層の厚さがよく分かりました。松阪市立歴史民俗資料館は規模こそ大きくありませんが、松阪という町を知る入口としても、一日の歴史散策の締めくくりとしても、とても満足度の高い場所でした。松阪牛の町というイメージだけでは見えてこない、城と商いと文化が積み重なった松阪の奥行きを知ることができたのが、何よりの収穫でした。
旅程
東京
↓(新幹線/JRみえ/近鉄)
斎宮駅
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塚山古墳群
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斎宮駅
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松阪駅
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