シディ・ユセフ・デイ・モスク(Sidi Youssef Dey Mosque)からさらに西に向かい、旧市街メディナから出て、カスバ・モスク(Kasbah Mosque)に来ました。
「カスバ(Kasbah)」とは、アラビア語で「要塞」や「城塞」を意味し、特に北アフリカや中東のイスラム世界で見られる、都市の中心部に位置する防御施設や統治者の住居を指します。カスバは、都市の防御の要としての役割を果たすだけでなく、政権の権力や統治の象徴でもありました。
チュニスにあるカスバは、政治と宗教の中心地であり、カスバ・モスクもその一部を成していました。カスバは行政や軍事の拠点であり、古くからその都市の権力構造を支える重要な役割を果たしてきました。
カスバ・モスクは、1125年にハフス朝を建国したアブー・ザカリーヤー1世(Abu Zakariya Yahya I ben Abd al-Wahid)によって建設されました。彼はマグリブ地方で勢力を拡大し、チュニスをその拠点の一つとしました。モスクの建設は、彼の統治時代の宗教的、政治的な影響力を示すもので、当時のチュニスの政治的な中心地としての役割を果たしました。
カスバ・モスクの建築スタイルは、北アフリカに典型的なアラブ=ムーア様式で、ミナレットやアーチ、装飾タイルなどが特徴的です。特にミナレットは非常に印象的で、四角形の塔がモスクの中央部からそびえ立ち、チュニスの旧市街(メディナ)の風景の一部となっています。
また、モスクの内部は、細かい彫刻やモザイクが施されており、イスラム建築の細やかな職人技が見られます。柱や天井のデザインも、12世紀当時のイスラム建築の特徴を反映しており、宗教的な礼拝の場としてだけでなく、美術的価値も高い場所です。
このモスクは、単なる宗教施設としてだけでなく、カスバ(要塞)に隣接していることから、当時の政権における政治的な役割も果たしました。モスクは、政治的な儀式や重要な決定が行われる場でもありました。
カスバ・モスクは、今日でもチュニスの歴史的なメディナ地区における重要なランドマークであり、観光客や信者たちにとっても重要な場所です。
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