朝から三渓園を起点に、北へ北へと横浜の観光スポットをたどりながら、港の見える丘公園の「山手111番館」に立ち寄りました。山手エリアには、開港後の横浜で外国人の暮らしとともに根付いた洋館文化の名残が点在していて、歩いているだけで街の時間の層に触れられるのが楽しいところです。横浜は1859年の開港をきっかけに国際港として発展し、山手は外国人居留地の住宅地として形成されました。関東大震災で大きな被害を受けた後、現在見られる洋館群は震災後に建てられたものが中心だと知ると、目の前の建物の「古さ」が、単なる年代ではなく復興の歴史でもあるのだと感じます。
山手111番館は、外から見ると意外なほどこじんまりとしていました。いわゆる“巨大な洋館”というより、現代の少し大きな一軒家に近いスケール感で、だからこそ生活の気配を想像しやすい建物です。この洋館は1926年(大正15年)に、アメリカ人J.E.ラフィン氏の住宅として建てられ、設計は横浜に多くの作品を残したJ.H.モーガンだとされています。赤瓦と白い壁のスパニッシュスタイルで、通り側の三連アーチなど、控えめなのに印象に残る意匠が効いていました。
館内に入ると、一階ホールの空気がまず気持ちよく、静かな「迎え入れられる感じ」がありました。創建当時から、吹き抜けのホールを中心に部屋が配置されていたことが紹介されていて、洋館というより“住まい”としての設計思想が伝わってきます。モーガンは1920年に来日し横浜を中心に数多くの建物を手がけたそうで、異国の様式をそのまま持ち込むだけではなく、この土地で暮らすための現実感を建物に落とし込んだのだろうな、と思いました。
この日はクリスマスシーズンということもあり、館内のあちこちが季節の装飾で彩られていました。特に印象的だったのが、暖炉のある部屋のテーブルセッティングです。洋式のテーブルに食器がきちんと並び、そこにクリスマスの演出が重なって、展示というより「これから誰かが集まる場」のように見えました。
テーブルの上には白樺らしき木が横たわり、その近くの皿には、それを模したようなケーキまで置かれていて、自然物と菓子が呼応する発想が面白かったです。季節のイベントは華やかになりがちですが、こういう“手触りのある演出”があると、洋館が急に現在へつながる感じがします。
そして、ホールに掲げられていた旗も小さな発見でした。フランスのトリコロールと、もう一つの少し古めかしいヨーロッパ風の旗があり、後で調べるとリヨンの旗だと分かりました。山手111番館自体はアメリカ人の住まいとして建てられた経緯があるので、必ずしもフランスと直接結びつくわけではないはずです。それでも、クリスマスという季節の行事のなかで“ヨーロッパらしさ”を丁寧に組み立てていくと、旗という記号が空間の雰囲気を決める力を持つのだなと実感しました。異国情緒という言葉で片付けてしまうには、生活文化と演出の距離感が絶妙でした。
山手111番館が建つ港の見える丘公園周辺も、背景を知ると見え方が変わります。この一帯は開港当時の外国人居留地にあたり、かつては英仏の軍が駐屯していた場所でもあったそうです。戦後の接収解除などを経て公園として整備され、1962年に開園したという流れまで含めると、いま目の前にある「眺めの良い公園」が、外交と軍事、そして都市の再編の上に成り立っていることが分かります。
ひととおり館内を見終えると、次は山下公園へ向かいました。山手の洋館で“暮らしの記憶”に触れたあと、港沿いの開けた景色へ下りていく流れは、横浜という街が「住む場所」と「港」とを往復しながら発展してきたことを、体感としてつないでくれる気がします。山手111番館は派手さはないのに、見終わったあとにじわっと印象が残る場所でした。
旅程
根岸駅
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横浜市八聖殿郷土資料館
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(略)
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大佛次郎記念館
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港の見える丘公園
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周辺のスポット
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- 大佛次郎記念館
- 岩崎博物館
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