静岡県湖西市新居町の小松楼まちづくり交流館を訪れたのは、二川宿や新居関所をめぐった一日の締めくくりの時間でした。大正から昭和20年代ごろまで、ここは芸者置屋兼小料理屋としてにぎわった「小松楼」の建物で、明治末期の建物を大正初期に現在地へ移築・増改築したものだそうです。戦後に廃業したあと長く空き家になっていたところを、地域の有志が修繕し保存活動を進め、国の登録有形文化財となったのち、2010年に「小松楼まちづくり交流館」として生まれ変わりました。歓楽街として栄えた新居宿の一角に、かつての賑わいと地域の記憶を今につなぐ拠点が静かに立っているのだと感じました。
一階ではちょうど特別展が開かれており、戦時中に新居に墜落したアメリカ軍機の乗組員のために、地元の人びとが慰霊碑を建てた出来事が紹介されていました。敵国の兵士であっても、一人の人間として弔おうとした人びとの姿は、シンドラーのような物語にも通じるものがありますが、もし自分が同じ時代・同じ状況に置かれていたとして、同じ行動ができるのかと考えると、簡単には想像できません。だからこそ、こうした具体的な地域の物語に触れることが、いつか自分が「いざ」という局面に立たされたとき、ふと記憶の底から立ち上がって行動のよりどころになってほしいと願いながら展示を見て回りました。
二階に上がると、かつての座敷だった和室が静かに残されており、その一角にはまだ整理しきれていない資料が山と積まれていました。案内の方は「これらも貴重なんですが、まだ整理しきれていないんです」と少し申し訳なさそうに話していましたが、その言葉の裏には、この建物と一緒に受け継いだ膨大な歴史を、どうやって未来につないでいくかという悩みと使命感がにじんでいるように感じました。窓の外に目をやると、すぐ近くに銭湯の煙突が見え、「みどり湯」という昔ながらの銭湯があることも教えてもらいました。芸者たちが行き交ったであろう往時の街並みと、今も地域の人びとが湯に集う日常の気配が、窓枠の向こうでひと続きの風景として重なって見えました。
小松楼まちづくり交流館は、華やかな歓楽街の記憶と、戦時下の葛藤を抱えた人間ドラマと、地域の人びとが空き家を守り、文化財としてよみがえらせた近年のまちづくりの歴史が、一つの建物の中に折り重なるように詰まっている場所だと感じます。きちんと展示として整理された歴史の隣に、まだ手つかずの資料の山が残っている様子は、過去がすべてきれいに整理されてしまうことなく、これからも新しい物語として掘り起こされていく余地があることを示しているようでした。新居を歩くときには、新居関所や宿場町の風情とあわせて、この小さな交流館にも足を延ばし、自分自身の「いざというときの行動」について静かに考えてみたくなる場所だと思います。
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