私は瓢湖と北方文化博物館を主目的に、新潟の空気を一日かけて味わうような行程にしました。朝いちばんに瓢湖へ向かい、そこから途中いくつか寄り道を挟みつつ、徒歩で北方文化博物館へ。公共交通が“ないわけではないけれど、気軽に使えるほど頻繁でもない”土地で、あえて歩くことで距離が実感になっていくのが面白かったです。実際、博物館の案内にもバスは本数が少ないので事前確認を、といった注意があり、歩きで来る人が少ないのも納得でした。
この日は一般的な観光バスや車での来館が多い場所にしては、観光客が少なめに感じました。混雑がちな観光地が多い中で快適ではあるのですが、同時に「この規模と質の場所が、こんなに静かでいいのだろうか」と、少しもったいなさも残ります。北方文化博物館は藤棚でも有名で、とくに春の見頃には大きな藤棚が注目されますが、7月はさすがに季節がずれていて、華やかさのピークは過ぎています。たとえば報道では藤棚の広さが約260㎡と紹介され、例年5月中旬に満開になることが多いともされていますから、私が訪れた時期は“盛りの少し後”だったのだと思います。
入口でまず目を引いたのは、石造の門と、それにつながる黒い壁の取り合わせでした。質感が強く、ひと目で「ここは特別な邸宅だったのだ」と感じさせる格のようなものがあります。門を進むと門土蔵の大門が現れ、ここで気分が切り替わりました。単なる“観光施設の入口”ではなく、かつての暮らしと権威の境界線をくぐるような感覚です。
見学は伊藤邸の内部から始めました。囲炉裏のある北国の日本間を基調にしつつ、扁額や書が静かに空間を引き締めています。ところが視線を動かすと、西洋の壁掛け時計があり、廊下の窓際には蓄音機のような機械も置かれていました。伝統的な住まいの骨格の中に、近代の時間感覚や新しい技術が差し込まれていて、豪農の暮らしが“保守”ではなく“編集”だったことを物語っているように思えます。
ここで少し歴史に触れておくと、北方文化博物館の核になっている伊藤邸は、明治期に栄えた新潟の豪農を代表する邸宅として紹介されており、太い梁組など職人技が見どころだとされています。 伊藤家自体も、18世紀半ば頃に分家した初代から歴代が家業を広げ、地域の大地主へと歩みを進めていった流れが公式にまとめられています。 そして戦後、農地改革という時代の大転換を経たのち、邸宅と文化財を守り伝えるために1946年(昭和21年)2月に博物館が誕生した、という説明も館側から発信されています。 目の前の部屋が“昔の家”で終わらず、“残すべき文化の器”として整えられている理由が、そこで腑に落ちました。
二階に上がると、雰囲気はさらに変わります。縄文土器や埴輪、古代の舟、北宋の貨幣といった、いわゆる博物館的な蒐集品が並び、私の頭の中で「邸宅の見学」から「コレクションの鑑賞」へとモードが切り替わりました。住空間の延長に、時代も地域も異なるものが置かれていることで、伊藤家が“土地の経営”だけでなく“知と物の蓄積”にも意思を持っていたことが伝わってきます。
主屋を出て外を歩くと、古代ハスの池があり、庭の呼吸が少し湿り気を帯びて感じられました。池の近くには移築された古民家があり、伊藤邸とは対照的な庶民の生活道具が展示されています。豪農の邸宅が「集め、整え、見せる」空間だとしたら、古民家は「使い込み、直しながら暮らす」時間の匂いが濃く、同じ“昔の暮らし”でも角度が違うのが面白かったです。
入口付近へ戻ってからは、門土蔵の集古館へ向かいました。ここでは藤原時代の大日如来像のような日本の古美術に加え、古代エジプトの資料やミイラに関わる展示、さらにペルシャのタイルなど、異国の品々も目立ちます。実際、館のブログでも集古館の二階に古代エジプト資料が並ぶことや、集古館自体が元は飯米蔵だったことなどが紹介されています。 「日本の豪農の館」という入口のイメージを、良い意味で裏切る広がりがあり、伊藤家が何代にもわたって蒐集を続けた“射程”そのものに圧倒されました。
静けさの中で見学を終えると、最初に感じた「快適さ」と「もったいなさ」が、少し別の形で胸に残りました。ここは車で来るのが一般的な場所で、アクセス面のハードルは確かにあります。 それでも、だからこそ時間をかけて辿り着いたとき、邸宅の重厚さや庭の余白、集古館の意外な世界性が、ひとつの“旅の成果”として身体に沈殿するのだと思います。
この後、私は北方文化博物館新潟分館へ向けて、さらに徒歩で新潟市の街なかへ進みました。分館は市街地にあり、バスでも行ける立地だと案内されています。 郊外の“豪農の館”を歩いて味わったあとに、街の中で同じ名前の施設を訪ねる流れは、同じ文化が別の地形でどう見えるかを確かめるようで、一日の締め方としてちょうどよい予感がしました。
旅程
(略)
↓(徒歩)
道の駅あがの
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
新潟駅
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