タリンの旧市街を歩いていると、屋根の海の向こうに一本の尖塔がすっと立ち上がっていました。遠くからでもよく目に入るその塔に導かれるように近づくと、そこが聖オレフ教会(St. Olaf's Church)でした。
入口から塔の内部へ進むと、石造りの階段は薄暗く、まるでTVゲームのダンジョンを進むような雰囲気です。
途中からは急な螺旋階段になり、足元の感覚だけを頼りに一段一段を確かめるように上りました。
やがて扉を抜けて外に出ると、そこは屋根のふもと。青緑に風化した金属葺きの屋根が目の前に広がり、単純な円錐に見えた尖塔も、展望台付近には意匠が施されていることに気づきました。足場は驚くほど狭いのに、視界は一気に開け、赤い屋根の旧市街から港、遠い海までを一望できました。展望台までは約232段。おおよそ60メートルの高さに設けられたこの回廊が、塔の上りつめた者だけに許されるご褒美の舞台でした。
教会の起源は中世にさかのぼります。12世紀に創建されたと伝わり、献堂先はノルウェー王で聖人となったオーラヴ2世です。タリンがデンマークの支配を受ける以前、北欧の商人・住民の信仰の中心でもあったとされ、13世紀の文献に名前が現れます。宗教改革期にはルター派の教会となり、戦後のソ連期を経て、現在はバプテスト教会として礼拝が続けられています。
この尖塔には、いくつもの伝承やドラマが重なっています。16世紀末に非常に高い尖塔が築かれ、かつて「世界一高い建物」と称されたことがありました。ただし当時の度量衡の解釈などをめぐって研究者の見解は分かれ、現在は「ヨーロッパ屈指の高塔だった」という理解が穏当でしょう。現在の尖塔の高さはおよそ123〜124メートルで、昔日の“最高”伝説を今に伝えるランドマークであり続けています。
高く細い塔は何度も落雷に見舞われ、1625年と1820年には火災で尖塔や屋根が焼失しました。銅や鉛の金属葺きまで燃え広がったと記録され、度重なる再建をへて19世紀に現在の姿が整えられます。風雨にさらされて青緑の肌をまとった屋根の色は、その歴史の厚みを静かに物語っているようでした。
ソ連時代には、この塔が監視・無線通信の拠点として使われたこともあり、宗教建築でありながら都市の記憶を映す「塔」としての役割を担ってきました。旧市街の赤瓦と海の青、そのあいだに立つこの塔は、時代ごとに意味を変えながら、タリンという港町のアイデンティティを見守ってきたのだと感じます。
塔を降りるころには膝が笑っていましたが、狭い足場で風に吹かれながら見た景色の余韻は長く残りました。石の冷たさ、金属屋根の青緑、港から届く風の匂い――それらが混じり合って、タリンの「高さ」と「深さ」を同時に味わう、不思議に贅沢な時間でした。
旅程
(略)
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太っちょマルガレータ
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Tallinna Linnateater
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