今年の年末年始は、ツアーでインドネシアを回りながら新年を迎える旅になりました。コロナの時期を除けば、ここしばらくは毎年のように海外で年越しをして、その土地のカウントダウンイベントや花火に参加してきましたが、今年は少し様子が違いました。大晦日の夜、ホテルの部屋で本を読んでいるうちにそのまま眠ってしまい、気づけば年は明けており、ホテル前のビーチで上がったはずの花火も、賑やかなカウントダウンの気配も、すべて夢の外になってしまっていました。
過ぎてしまったものは仕方がないので、気持ちを切り替えて元日の朝は初日の出を楽しむことにしました。幸い、宿泊しているのはバリ島の東側に面したビーチ沿いのホテルで、海の向こうから太陽が昇ってくる方角です。まだ薄暗い中をビーチまで歩き、波の音を聞きながら空が徐々に赤く染まっていくのを眺めていると、水平線の上にゆっくりと太陽が姿を現しました。年越しの喧噪を逃した代わりに、静かな海から上る初日の出を拝むことができ、これはこれで悪くない新年の迎え方だと感じました。
バリ島での最初の観光地は、メングウィ王国の王家の寺院であるタマン・アユン寺院でした。デンパサールから少し内陸に入ったメングウィにある寺院で、現在は「バリ州の文化的景観」の一部として世界遺産に登録されています。登録の理由は、単なる寺院の美しさではなく、稲作を支える水利組合「スバック」の水利システムと、寺院がその中で果たしてきた役割にあります。
タマン・アユン寺院は、17世紀にメングウィ王国の初代国王イ・グスティ・アグン・プトゥによって建てられた王家の「パイボン(家寺)」で、王の祖先や国家を守護する神々を祀る重要な場所だったそうです。寺院の周囲には幅の広い堀が巡らされており、その水が周辺の水田を潤すスバックの水系ともつながっていました。
実際に敷地に近づいていくと、まず目に入るのは寺院全体をぐるりと取り囲む大きな堀でした。水面には蓮の葉らしき丸い葉がところどころに浮かび、ヤシの木と芝生の緑とあいまって、まさに「水の庭園」という雰囲気です。寺院の名前である「タマン・アユン」は「美しい庭」という意味だそうですが、その名の通り、水と緑に抱かれた穏やかな景観が広がっていました。
入口では、半ズボン姿の男性も含め、露出の多い服装の人たちには腰巻きが配られていました。これは他のバリの寺院と同様、聖域に入る際の最低限の礼儀としてサロンを着用する決まりがあるためです。ツアーで訪れると、こうした布は料金込みで借りられることが多く、ガイドさんがてきぱきと巻いてくれるので、観光客としては身を任せていれば自然と「寺院にふさわしい姿」に整えてもらえるのがありがたいところです。
最初の中庭に入ると、茅葺屋根の建物がいくつか並んでおり、その一角には闘鶏を再現した実物大の模型が展示されていました。バリでは、闘鶏は単なる娯楽ではなく、かつては宗教儀礼の一部として行われてきた歴史もあるといいます。寺院の中にこうした模型が置かれているのを見ると、信仰と日常的な営みが地続きであったことを感じさせられます。
さらに奥へ進む門をくぐると、もう一段高くなった内側の敷地が現れ、その手前にも一回り小さな堀が巡らされていました。その内側がタマン・アユン寺院の心臓部ともいえる聖域で、そこには多くのメル(多重の屋根を持つ塔状の祠)が林立していました。7重、9重、11重といった屋根が空に向かって重なり、そのシルエットが並ぶ様子は圧巻です。メルは、ヒンドゥー教における宇宙の中心「メール山(メル山)」を象徴するものであり、その段数によって祀られている神の位や性格が異なるとされています。
聖域の中には入ることができないため、堀の外側から一周しながら眺める形になりますが、見る角度によって塔の重なり方が変わり、どこから見ても絵になる風景です。堀沿いの遊歩道を歩きながら、同じツアーの方と「日本の三重塔や五重塔もそうですが、なぜ仏教やヒンドゥーの塔は奇数の段数が多いんでしょうね」「縁起の良い数とか、何か意味があるのかもしれませんね」といった話をしながら歩いたのも印象に残りました。答えはその場では分かりませんでしたが、遠く離れた日本とバリで、似たように奇数の塔が敬われてきたことに、どこか不思議な共通性を感じました。
豊穣の女神として信仰されるシュリ・デヴィ(Sri Devi)の像もありました。稲作の豊かさを司る女神であり、その像がここにあること自体が、この寺院が農業と深く結びついていることの象徴のように思えます。タマン・アユン寺院は、周辺のスバック共同体にとって、水の分配と豊作を祈るための重要な拠点であり、寺院で行われる儀礼が、上流と下流の農民たちの協力関係を支えてきたとされています。
敷地の一角では、インドネシアやバリの王家の歴史に関するビデオ上映も行われていました。映像の中では、メングウィ王国を含む各地の王国がどのように興亡し、その中で水利や寺院がどのような役割を果たしてきたのかが紹介されていました。メングウィ王国はやがて他国との戦いに敗れ、政治的な勢力としては姿を消していきますが、王家の寺院であるタマン・アユンは、その後も修復を重ねながら地域の信仰と水利の中心として守られてきました。
現在、この寺院は「バリ州の文化的景観:スバックシステムとして表現されたトリ・ヒタ・カラナ哲学」という名称で、ウルン・ダヌ・バトゥル寺院やライステラスとともに世界遺産に登録されています。トリ・ヒタ・カラナとは、「神」「人間」「自然」という三つの調和を重んじるバリ独自の世界観であり、タマン・アユン寺院は、水の神への祈り、人々の協力、豊かな水田風景のすべてを結びつける場として、その理念を体現しているといわれています。
こうして振り返ってみると、年越しのカウントダウンや花火を見逃したことは少し残念ではありましたが、静かなビーチでの初日の出と、翌日のタマン・アユン寺院の穏やかな風景は、むしろこの旅らしい年始のスタートだったように思います。海から昇る太陽と、水に浮かぶような王家の寺院。どちらも水と光に包まれた光景であり、新しい一年が始まる節目にふさわしい時間でした。バリの人々が長い年月をかけて育んできた、水と信仰と暮らしの知恵に少し触れられた気がして、世界遺産という肩書き以上に心に残る訪問になりました。
旅程
ホテル
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Coffee luwak bukit sar
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ホテル
地域の名物
- ナシゴレン
関連スポット
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