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サラスワティー寺院:暑さの中でふっと涼しくなる、水音のする庭園の寺

ツアー最終日の5日目はバリ島のウブドに滞在し、午前中にウブド王宮を見学したあと、ウブド市場の散策のために自由時間になりました。市場をひととおり歩いてみると、思っていたより時間が余り、地図アプリで周辺を眺めていると「サラスワティー寺院」が大きなシンボルで表示されていました。せっかくの自由時間なので、自分の足で行ける場所を一つ増やしてみようと思い、そのまま向かうことにしました。 入口で入場料を支払うと、腰巻だけでなく上着や帽子まで一式貸してくれました。寺院では腰巻を着ける機会は何度かありましたが、全身として整う体験は意外に少なく、旅の最後に「場に合わせた身なり」で入れるのは、気持ちの切り替えとしても良かったです。観光として写真を撮るだけではなく、寺院という生活の中の聖域に入るための作法を、身体でなぞる感覚がありました。 中へ進むと、両脇に水が配された道と噴水が続き、暑い日差しの中でもふっと体感温度が下がるように感じました。サラスワティー寺院は、別名「ウブド・ウォーターパレス」とも呼ばれ、水と庭の景観で知られています。中心部にありながら、外の喧騒が少し遠のいて、空気がやわらぐような場所でした。 道の先には、王宮で見た門を思わせるバリらしい造形がありましたが、くぐる部分は金色の扉のようなもので閉じられていました。奥へ踏み込みすぎない距離感が、かえって「ここは祈りの場所なのだ」という輪郭をはっきりさせてくれます。周囲には像や祠が点在し、どこからか水が流れているのも印象的で、視覚だけでなく音と涼感で寺院を体験しているようでした。 この寺院は、学問・芸術・知の女神サラスワティに捧げられた寺院で、1951年に着工し翌年に完成したとされます。設計はバリの芸術家・建築家として知られるイ・グスティ・ニョマン・レンパッドで、ウブド王家の依頼により造営された、と伝えられています。ウブドが「芸術の村」として語られる背景には、王家が芸術家を支え、宗教空間や宮廷文化のなかで表現が育ってきた歴史がありますが、ここはその空気を短時間でも感じ取れる場所でした。  今回のツアーはスケジュールの都合で、自由時間が深夜帯に寄りがちでした。その中で、昼間に自分で判断して入場し、現地の衣装を身につけ、涼やかな水の気配の中を歩けたのは、旅程の「最後の一枚」がきれいに収まったような体験でした。市場や王宮の賑わ...

ウブド王宮:精細な装飾に足を止める、バリ内陸の「境界」

バリ島の旅もいよいよ最終日になりました。ツアーの締めくくりに訪れたのは、緑と芸術の町として知られるウブドの中心部にあるウブド王宮です。ビーチリゾートの印象が強いバリ島ですが、島の内陸に入ると空気が少し変わり、宗教と王権、そして芸能が暮らしの中に自然に溶け込んでいることが実感できます。 ウブド王宮は、観光施設のように完結した「遺跡」ではなく、現在も王族が暮らしている場所だと案内されました。だからこそ、敷地の空気には生活の気配が残っていて、過去の栄光を展示するというより、今も続く伝統の一部をそっと覗かせてもらうような感覚になります。バリ・ヒンドゥーの世界では、王や貴族は政治的な存在であると同時に、宗教儀礼や文化活動を支える中心でもありました。ウブドが「文化の都」と呼ばれる背景には、王宮が芸術や舞踊、工芸を保護し、人々の信仰と結びついた形で育ててきた歴史があります。 王宮を歩いてまず目を奪われたのは、区域ごとに設けられた門の装飾でした。門は単なる出入り口ではなく、境界を示し、聖と俗、内と外を分ける象徴でもあります。石や漆喰に施された彫刻は驚くほど精細で、近づいて見れば見るほど、線の一つひとつに手仕事の執念のようなものが感じられました。そこにはガルーダなどの神話的な存在が彫られており、バリ島の装飾が「美しいから飾る」のではなく、物語と信仰の体系を可視化するためにあるのだとあらためて思いました。ガルーダはインド起源の神話に連なる霊鳥で、善き力や守護のイメージを帯びて語られます。そうした象徴が門に刻まれることで、この場所が単なる建築物ではなく、信仰と権威の結節点であることが静かに示されているようでした。 王宮を一通り見終えた後は自由時間になり、ウブドの街歩きへ向かいました。中心部のウブド市場は、観光客の賑わいと地元の生活が交差する場所で、王宮の落ち着いた空気から一転して、色と音の情報量が一気に増えます。布や工芸品、土産物が並ぶ景色は華やかですが、ふとした瞬間に、供物を手にした人や、寺院へ向かうような装いの人が行き交い、日常のすぐそばに儀礼があるバリ島らしさが顔を出します。王宮で見た彫刻のモチーフが、市場に並ぶ工芸品の意匠として反復されているのに気づくと、歴史や信仰が観光のための「演出」ではなく、生活の側から自然に立ち上がっていることがよく分かります。 旅の最後に王宮と市場を続け...

ウルワツ寺院:疲労も眠気も吹き飛んだ、満員の円形劇場で味わうケチャの迫力

今年の年末年始は、ツアーでインドネシアを巡り、年末のツアー3日目の午後にジャワ島からバリ島へ移動して、新年はバリ島で迎えました。4日目はタマン・アユン寺院、タナロット寺院と巡り、その締めくくりとして、夕方にウルワツ寺院を訪れました。バリ島を代表する寺院を一日で三つ巡る、かなりぜいたくな行程です。 ウルワツ寺院(プラ・ルフール・ウルワツ)は、バリ島南端の断崖絶壁の上に建つ海の寺院で、高さ約70メートルの石灰岩の崖の上からインド洋を見下ろすように建っています。もともとの起源は11世紀頃とされ、ジャワから来た高僧・ムプ・クトゥランがこの地に寺院を整えたことが始まりだと言われています。のちに16世紀には、東ジャワ出身の高僧ダン・ハヤン・ニラルタがこの地で瞑想を行い、最後にはここで解脱(モクシャ)に至ったと信じられており、その霊が祀られているとも伝えられます。 バリ島には、島全体の霊的なバランスを守るために配置された「方位寺院」や「六大寺院(サッド・カヒヤンガン)」と呼ばれる重要な寺院群がありますが、ウルワツ寺院もその一つで、島の南西を守護する寺として位置づけられています。海から押し寄せる負の力を防ぐ「海の守り神」のような役割を担っていると言われ、まさに「世界の端にある寺」という雰囲気を漂わせています。 本来なら、断崖と海、沈みゆく夕日がつくり出す大パノラマをじっくり眺めたいところですが、この日は少し事情がありました。 ウルワツ寺院に着いたのは、夕方の少し日が傾き始めた頃でした。入口で腰巻(サロン)を巻き、いよいよ中へ…というところで、ガイドさんから「ここは猿が眼鏡やスマホを盗むので、本当に危ないです」と念を押されました。 スマホはストラップ付きで落下防止もしていたのでまだ安心ですが、問題は眼鏡です。近視が強いため、眼鏡を外すと、世界が一気にぼやけてしまいます。それでも、「ここで猿に眼鏡を持って行かれたら旅どころではなくなる」と思い、覚悟を決めて眼鏡をケースにしまいました。 当然ながら、そこから先はほとんど何も見えません。崖の縁を歩いているのか、寺院の石垣のそばなのか、自分ではよく分からない状態でしたが、同じツアーの参加者の方が話をしながら歩いてくださり、そのおかげで安心して進むことができました。 皆が写真を撮っている気配を感じると、とりあえず自分もカメラを取り出して、何が写...

タナロット寺院:渡れそうで渡れない海の向こうの聖地を眺めて

バリ島で新年を迎えたあとに訪れたタナロット寺院は、印象の強い場所でした。海沿いの参道をしばらく歩き、視界がひらけた瞬間に現れる青い海と、その沖合の岩の上に乗った寺院の姿は、事前に写真で見ていてもやはり別格に感じます。 タナロット寺院は、バリ島南西部タバナン県の海沿いにある、ヒンドゥー教の海の寺院です。「タナ・ロット」はバリ語で「海の中の大地」「海に浮かぶ土地」といった意味があり、その名の通り、海に突き出した大きな岩の上に本堂が建てられています。15〜16世紀ごろ、ジャワ島からやって来た高僧ダン・ハヤン・ニラルタ(Dang Hyang Nirartha)が、この岩を海の神々を祀るのにふさわしい聖地と考え、寺院を創建したと伝えられています。現在も海の神・バトゥラ・セガラ(デワ・ブルナ)を祀る重要な海岸寺院であり、バリ島の海岸線に点在する「海の寺院群」の一つとして島を守っていると言われています。 敷地に入り、土産物屋が並ぶ道を抜けてしばらく歩くと、視界の先に海が広がり、黒い岩の上にタナロット寺院のシルエットが見えてきました。遠目には小さく見えていた建物も、海岸まで下りていくと、思った以上に高さのある岩の上にしっかりと立っていることが分かります。ガイドさんからは「寺院の中には観光客は入れません」と説明を受けていたので、最初から外から眺めるつもりではありましたが、いざ近くまで行ってみると、岩の手前には海水がたまり、小さな湾のようになっていて、「これは入れないというより、そもそも渡れないですよね」と同じツアーのお客さんと笑いながら話していました。 後から聞いたところによると、波の合間をぬって、浅いところを渡っていく人の姿もあったようです。寺院関係者とおぼしき人が、足元を確かめながら海を渡って岩に上がっていく様子を見た方もいたそうで、一見すると波が強く危険そうに見えますが、潮の具合や足場を知っていれば、きちんと渡れるようになっているのかもしれません。満ち潮と引き潮で、寺院へ続く道が現れたり消えたりする光景自体が、この寺院の「海の聖域」という性格をよく表しているように感じました。 このときは30分ほど自由時間があり、それぞれ思い思いに過ごしました。 寺院の建つ岩の正面だけでなく、少し高台になっている他の建物のあたりを歩いてみると、タナロット寺院を見下ろすような角度から写真を撮ること...

タマン・アユン寺院:スバックが育んだ庭園寺院で迎える一年の始まり

今年の年末年始は、ツアーでインドネシアを回りながら新年を迎える旅になりました。コロナの時期を除けば、ここしばらくは毎年のように海外で年越しをして、その土地のカウントダウンイベントや花火に参加してきましたが、今年は少し様子が違いました。大晦日の夜、ホテルの部屋で本を読んでいるうちにそのまま眠ってしまい、気づけば年は明けており、ホテル前のビーチで上がったはずの花火も、賑やかなカウントダウンの気配も、すべて夢の外になってしまっていました。 過ぎてしまったものは仕方がないので、気持ちを切り替えて元日の朝は初日の出を楽しむことにしました。幸い、宿泊しているのはバリ島の東側に面したビーチ沿いのホテルで、海の向こうから太陽が昇ってくる方角です。まだ薄暗い中をビーチまで歩き、波の音を聞きながら空が徐々に赤く染まっていくのを眺めていると、水平線の上にゆっくりと太陽が姿を現しました。年越しの喧噪を逃した代わりに、静かな海から上る初日の出を拝むことができ、これはこれで悪くない新年の迎え方だと感じました。 バリ島での最初の観光地は、メングウィ王国の王家の寺院であるタマン・アユン寺院でした。デンパサールから少し内陸に入ったメングウィにある寺院で、現在は「バリ州の文化的景観」の一部として世界遺産に登録されています。登録の理由は、単なる寺院の美しさではなく、稲作を支える水利組合「スバック」の水利システムと、寺院がその中で果たしてきた役割にあります。 タマン・アユン寺院は、17世紀にメングウィ王国の初代国王イ・グスティ・アグン・プトゥによって建てられた王家の「パイボン(家寺)」で、王の祖先や国家を守護する神々を祀る重要な場所だったそうです。寺院の周囲には幅の広い堀が巡らされており、その水が周辺の水田を潤すスバックの水系ともつながっていました。 実際に敷地に近づいていくと、まず目に入るのは寺院全体をぐるりと取り囲む大きな堀でした。水面には蓮の葉らしき丸い葉がところどころに浮かび、ヤシの木と芝生の緑とあいまって、まさに「水の庭園」という雰囲気です。寺院の名前である「タマン・アユン」は「美しい庭」という意味だそうですが、その名の通り、水と緑に抱かれた穏やかな景観が広がっていました。 入口では、半ズボン姿の男性も含め、露出の多い服装の人たちには腰巻きが配られていました。これは他のバリの寺院と同様、聖域に入...

ボロブドゥール遺跡:雲に浮かぶ火山と、千年の物語を刻む石の回廊

今年の年末年始はツアーでインドネシアを巡っており、三日目も前日に引き続きジョグジャカルタの観光が続きました。ムンドゥット寺院を見学した後、いよいよ今回の旅の大きな目的地の一つである ボロブドゥール遺跡 に向かいました。 ボロブドゥール遺跡は世界遺産に登録されているため、遺跡の周囲には一定の距離内で建物を建てることができず、入口から遺跡まではシャトルバスで移動する仕組みになっています。バスを降りてからもしばらく歩き、大きな道の先に目を向けると、遠くに山のような巨大な構造物が姿を現しました。さらに近づくにつれ、それが単なる「大きい建物」ではなく、圧倒的な質量をもった石の遺跡であることが実感されていきます。 ボロブドゥールは9世紀、ジャワ島を支配したシャイレーンドラ朝によって築かれた大乗仏教寺院で、仏教の世界観を立体的に表した「石の経典」とも呼ばれています。現在は保存のため、遺跡内部への入場は時間制となっており、待ち時間の間にガイドさんが外壁のレリーフについて説明をしてくれました。一番下の層のレリーフは、外側に石段が組まれていて直接見ることができません。この構造については、地震などで崩壊の危険があったため補強したという説と、下層に刻まれた内容が人間の欲望や煩悩といった「望ましくない世界」を表しているため、意図的に覆い隠したという説の二つがあるそうです。 説明を聞きながらふと後ろを振り返ると、雲の切れ間から ムラピ山 の姿が見えました。雨季のため輪郭がはっきりと見えるわけではありませんでしたが、雲海に浮かぶように佇むその姿は、ボロブドゥールが置かれた土地が火山と共にある地域であることを強く印象づける光景でした。 時間になり内部に入り、回廊を一周しながらレリーフの解説を受けました。レリーフは上下二段に彫られており、それぞれが異なる物語を語っています。釈迦の生涯や前世の物語だけでなく、当時の人々の暮らしや社会の様子までが細やかに刻まれており、千年以上前の世界が石の中に閉じ込められているように感じられました。 さらに上の層へと進むと、雰囲気は一変し、ストゥーパが整然と並ぶ空間が広がります。 下の層にあるストゥーパはひし形の穴が開いた形で、上の層では長方形の穴へと変化します。ガイドさんの説明によると、この長方形は「安定」を象徴しているとのことで、煩悩の世界から離れ、悟りへと近づいて...

ムンドゥット寺院/ムンドゥット仏教僧院:根元に咲く沙羅双樹、ジョグジャカルタの仏教空間

インドネシア観光ツアーも3日目になり、この日も昨日に引き続きジョグジャカルタ周辺の観光から一日が始まりました。まず最初に向かったのは、ボロブドゥール近くにあるムンドゥット寺院です。 ムンドゥット寺院は現在修復工事中で、残念ながら中に入ることはできず、敷地の外から眺めるだけになりました。ただ、日本の寺院の修復工事でよく見られるような、足場全体を幕で覆ってしまうやり方とは異なり、ここでは木組みの足場が外側に組まれているだけなので、寺院のシルエットや石造りの雰囲気はある程度わかりました。工事中とはいえ、基壇の上にどっしりと建つ堂の姿は存在感があり、修復が終わった姿もぜひ見てみたいと思わせてくれる景色でした。 ムンドゥット寺院の代わりに、ガイドさんが案内してくれたのが、すぐ隣にあるムンドゥット仏教僧院です。こちらは今も現役の宗教施設で、観光客向けの遺跡とはまた違った、静かな空気が流れていました。 門をくぐってすぐの場所には、金色の大きな荷車のようなものが展示されていました。祭礼の際に使われる山車や神輿のようなものだろうかと想像しながら眺めていると、南国の強い日差しを受けて金色がきらきらと輝き、この土地の仏教行事の華やかさを感じさせてくれました。 境内を進んでいくと、ガイドさんの説明を聞きながら、さまざまな像を見て回りました。穏やかな表情の仏像や菩薩像の中に、一体だけ明らかに雰囲気の違う像がありました。骨ばった体に皮膚が張りついたような、瘦せこけた修行僧と思われる像です。インドの苦行僧や、お釈迦さまが悟りを開く前に過酷な苦行をしていた姿を思わせるような、見るからに厳しい修行の様子が刻まれていました。穏やかな仏像と並んでいるからこそ、「悟りに至るまでの道のり」や「人間の苦しみ」を象徴しているようにも感じられ、短い時間ながら印象に残る場面でした。 僧院の見学を終えたあと、バスで移動している最中も、ガイドさんは熱心に次の見どころを紹介してくれました。この日の目玉の一つとして推していたのが、「沙羅双樹の花」です。お釈迦さまの入滅と関係の深い木として名前だけは知っていましたが、実物を見るのは初めてでした。 沙羅双樹の木は、一見すると普通の大木のように見えますが、よく見ると幹から地上に向かって根が伸びており、その根の部分に直接花が咲いていました。日本で見慣れている庭木とはまったく違う、生...