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明石弁天厳島神社(美人弁天):技芸のまちで祈る、小さな願い

朝から足利学校を目当てにまち歩きをはじめ、鑁阿寺の大銀杏に秋の名残を見つけ、次は足利織姫神社へ——と進む前に、少しだけ回り道をして明石弁天厳島神社に立ち寄りました。

市街地のざわめきからふっと音が引くように、境内は土曜の昼下がりらしい静けさに包まれていました。鳥居をくぐると、弁天像がいくつも視線をやさしく迎えてくれます。


水辺や島とゆかりの深い弁才天(弁天さま)は、もともとインドの河の女神サラスヴァティーを源流とし、日本では中世に音楽・芸能・知恵の守護、のちには財福にも通じる神として信仰が広がりました。「厳島神社」を名乗る社が各地にあるのは、安芸の厳島に鎮まる宗像三女神や弁天信仰が重なり合い、池や中島に社殿を配する風景が日本の町場に受け入れられていった歴史の名残でもあります。

足利は織物の町として栄え、機(はた)を織る手の巧みさもまた「技芸」のひとつ。そう思うと、弁天さまがこの土地で大切にされてきたことに、どこかしっくりくるものがあります。境内に並ぶ弁天像の前で足を止め、耳を澄ますと、水の気配や糸を紡ぐ音まで想像できるようでした。社務所の掲示には「毎月第1・第3日曜日に美人証明を発行」とあり、次に来る楽しみがひとつ増えます。今日はあいにくの土曜日で人影もまばらでしたが、その分、参拝の手を合わせる音や鈴の響きが澄んで聞こえ、旅の途中で呼吸を整えるには最高の時間でした。

旅程を振り返れば、学びの象徴である足利学校、武家の歴史を感じる鑁阿寺、産業と恋のご縁をつなぐ足利織姫神社——そこに弁天さまの社を加えると、知・武・技・縁が小さな一日で見事に輪を描いたように思えます。静かな境内を後にして坂を上がると、街の音が戻ってきました。次に訪ねるときは日曜日を選び、美人証明を手に、芸事とご縁の上達を願ってみよう。そんなささやかな約束を心に、足利の散策を続けました。

旅程

東京

↓(電車)

足利市駅

↓(徒歩)

鑁阿寺

↓(徒歩)

足利学校

↓(徒歩)

明石弁天厳島神社(美人弁天)

↓(徒歩)

足利織姫神社

↓(徒歩)

足利市駅

↓(東武線)

茂林寺前駅

↓(徒歩)

茂林寺

↓(徒歩)

茂林寺前駅

↓(東武伊勢崎線)

東京

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