夏休みの賑わいのなか、科学技術館を訪れました。入口からすでに子どもたちの声が響き、家族連れの多さに少し圧倒されます。それでも館内に一歩入ると、体験型の展示を中心に「触れて、動かして、考える」仕掛けが各所に用意されており、この熱気の理由にすぐ合点がいきました。日本が戦後の高度経済成長期から大切にしてきた科学教育とものづくりの精神が、いまも息づいていることを肌で感じます。
最上階の五階から見て回ると、いきなり量子コンピュータの展示が迎えてくれました。量子ビットや重ね合わせといった原理が、実演や模型でわかりやすく整理され、大学時代に取り組んだ組み合わせ問題の記憶がふと蘇ります。難解な最適化の世界が、ここでは遊びの感覚で扉を開けてくれるのが印象的でした。子どものころからこうした概念に触れられる環境は、確かに驚きであり、同時に羨ましくもあります。
四階では鉄のコーナーに心が留まりました。鉄鋼が暮らしを支えてきた歴史はもちろん、素材が製品へと姿を変える過程が、人力で体験できる装置を通して丁寧に示されています。ローラーで延ばす、圧を加える、形を整える――工程を身体でなぞるうち、工場の音や熱、現場の知恵までもが立ち上がってくるようでした。教科書で学ぶ製造プロセスが、ここでは手のひらの実感として残ります。
三階では自転車の歴史に見入りました。歩行を補う木製の乗り物セレリフェール、ハンドルで操舵するドライジーネ、クランクとペダルを備えたミショー型、前輪が大きいオーディナリーへと発展していく流れが、実物展示を通じて一望できます。その後の安全車(いま私たちが乗る自転車の原型)や電動アシスト、競技用の洗練されたフレームに至るまで、技術と社会の要請が互いに引き合いながら進化してきたことがよく分かりました。体験装置が多いフロアのなかで、この一角はじっくりと時代の手触りを味わえる静けさがあり、思わず足が止まります。
全体を通して特徴的なのは、企業が協賛するブースが多いことでした。製品や最新技術の背景にある原理を、ゲーム感覚で試したり、失敗しながら理解できるように設計されています。科学にまだ興味が芽生えていない子どもも、遊んでいるうちに仕組みが分かり、興味のある子は解説やデータを読み込みながらさらに深めていける導線が巧みに敷かれていました。産業と教育が手を取り合い、次の担い手を育てる――日本の科学技術館が長年紡いできた伝統は、いまも現在進行形で更新され続けているのだと感じます。
階を移るたび、展示は「わかる」から「できる」へ、そして「やってみたくなる」へと滑らかにつながっていきました。自分にとっては懐かしいテーマも、初めて出会う子どもたちにとっては世界を広げる入口です。賑やかな笑顔に混ざって館を後にしながら、学びの原点はやはり身体での発見にあるのだと、あらためて確信しました。科学とものづくりの楽しさを、世代を超えて受け渡す場所として、この施設はとても心強い存在だと思います。
旅程
竹橋駅
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九段下駅
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