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ホイアン民俗文化博物館:150年の歴史を紡ぐホイアンの文化遺産を探る旅

本日は、午前中は自由行動の日です。ホイアン旧市街の観光スポットの中で、ツアーに組み込まれていない博物館や寺院をまわることにしました。

ガイドさんの説明の中で、ベトナムでは朝7時から働くのが一般的と言われていたのですが、調べてみると博物館も7時や8時から開いていたので、まずホイアン民俗文化博物館(Museum of Folk Culture)に行くことにしました。

ホイアン民俗文化博物館は7時開館なので、6時30分にホテルを出て旧市街に向かいました。ベトナム人は7時から働くとはいえ、観光客はそんなに早くから行動する人もおらず、しかも年末年始のイベントでみんな疲れているのか人っ気が全くない旧市街で、人がいない街の写真を撮り放題でした。

ホイアン民俗文化博物館のGoogle Mapの写真がこちらのような写真で、2つ右隣りの「寺小屋」と書かれた建物に似ているので、そこが入口がかと思っていたのですが、この写真の入り口は南側です。

Google Mapの位置にある北側の入り口はこちらになります。

入るにはホイアン旧市街のチケット(120,000ドン、約800円)が必要ですが、チケットの販売カウンターが8時からということで、「チケットなしで入って、あとでチケット買ってくれればいいよ」と博物館のスタッフの方が入館を促してくれました。朝早くから働いたり、こういったところがおおらかだったりと、昔の日本人のようです。


ホイアンの中心に位置するホイアン民俗文化博物館は、訪れる人々にこの地域の豊かな伝統と文化を体感させてくれる特別な場所です。150年以上の歴史を持つ木造建築物を活用したこの博物館は、ホイアン旧市街の風情ある街並みに見事に溶け込んでいます。その外観からもベトナムの伝統的な建築様式の美しさが感じられ、博物館に一歩足を踏み入れれば、さらにその奥深い魅力を知ることができます。

館内では、ホイアンやクアンナム地方の生活文化が丁寧に紹介されています。展示は農業や漁業、手工業、そして祭りや伝統芸能といったテーマごとに分けられ、地域住民の暮らしぶりを鮮やかに描き出しています。また、展示されている工芸品の数々は、その精巧さと職人技の高さに驚かされるものばかりです。織物や竹細工、木彫りなど、いずれもこの地で長年受け継がれてきた技術の結晶であり、それぞれが一つの物語を語りかけてくるようです。

特に印象的なのは、少数民族やクアンナム地方の伝統衣装の展示です。鮮やかな色彩と繊細な刺繍が施された衣装は、まさに芸術品と呼ぶにふさわしいもので、その背後にある文化や歴史を想像するだけで心が躍ります。また、地元の祭りや儀式に関する展示も見逃せません。結婚式や収穫祭といったイベントの様子が模型や資料を通じて再現されており、実際にその場に立ち会っているかのような臨場感を味わえます。

さらに、生活道具や家具の展示も充実しています。古い台所用品や日常的に使われていた道具が並ぶコーナーでは、かつての暮らしの様子がリアルに伝わってきます。これらの展示は単なる歴史的資料にとどまらず、人々の生活の知恵や工夫を感じ取ることができ、見る者に深い感銘を与えてくれます。

博物館全体は非常に分かりやすく構成されており、観光客にとっても親しみやすい場所となっています。説明は英語でも記載されているため、外国人観光客でも理解しやすいのが魅力です。一部の展示では実際に触れて体験できるコーナーも設けられており、子どもから大人まで楽しむことができます。


ホイアン民俗文化博物館を訪れる際には、ホイアン旧市街全体の入場券を購入する必要があります。この共通チケットは、他の歴史的建造物や博物館も見学できるため非常にお得です。博物館の営業時間は通常7時から21時30分までですが、訪問前に事前確認をしておくと安心です。所要時間はおよそ1時間から1時間半程度で、じっくりと展示を楽しむことができます。

ホイアンを訪れた際には、ぜひこの博物館を訪れてみてください。この地に息づく文化や伝統を深く理解することで、ホイアンの街並みがさらに特別なものとして感じられることでしょう。


旅程

ホテル

↓(徒歩)

ホイアン民俗文化博物館

↓(徒歩)

タンキーオールドハウス

↓(徒歩)

ホイアン市場

↓(徒歩)

関公廟

↓(徒歩)

陳祠堂

↓(徒歩)

Ong Voi Communal House

↓(徒歩)

ドゥック・アン・ハウス

↓(徒歩)

ホイアン・トラディショナル・アート・パフォーマンス・ハウス

↓(徒歩)

ホテル

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