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7月, 2021の投稿を表示しています

大宮八幡宮:杜に満ちる静けさ、コロナ禍の参拝

都心とは思えないほど緑の濃い杜に包まれた大宮八幡宮へ足を運びました。参道は幅が広く、両脇の木々が真夏の光をやわらげてくれます。鳥居をくぐると空気がひんやり変わり、「東京のへそ」とも呼ばれるこの地の静けさが、歩みをゆっくりにしてくれました。境内が広いことでも知られる神社で、23区内では有数の規模だと実感します。 この日は、コロナ禍の「疫病退散」を願うのぼりがはためき、社殿前には茅の輪に倣った「笹の輪」が据えられていました。古来の大祓の作法にならい、「蘇民将来の子孫也」と唱えながら輪をくぐって厄を祓う趣旨で、境内産の笹竹で奉製されたものだそうです。折しも夏—人びとの健康を思う祈りが、青い葉音に重なって聞こえるようでした。 参拝を済ませてから境内を歩くと、由緒の案内に足が止まります。創建は康平6年(1063)。前九年の役に際し、源頼義がこの地で八幡神の加護を覚えて戦勝を祈願し、凱旋後に石清水八幡宮から御分霊を勧請して社を構えたのが始まりと伝わります。以後、関東の武士からの崇敬も厚く、例祭は毎年9月15日に営まれてきました。 ご祭神は八幡大神(応神天皇)と、その父である仲哀天皇、母の神功皇后の「親子三神」。この母子の結びつきから、ここは「子育て・安産・縁結び」の社として知られ、戌の日には安産祈願を受けに多くの方が訪れます。境内の案内にも「子育て厄除け八幡さま」の呼び名が掲げられており、日常の願いを静かに受け止めてくれる場所であることが伝わってきます。 社殿や門、清らかな手水舎を順に眺めながら、木陰の濃淡と遠くの太鼓の音に耳を澄ませました。疫病退散の願いが全国に満ちていたあの夏、笹の輪をくぐり、静かに手を合わせたひとときは、長く心に残る参拝となりました。 旅程 桜上水駅 ↓(徒歩) 下高井戸おおぞら公園 ↓(徒歩) 大宮八幡宮 ↓(徒歩) 桜上水駅 関連イベント 周辺のスポット 杉並区立郷土博物館 地域の名物 関連スポット リンク 大宮八幡宮 - 大宮八幡宮 大宮八幡宮 - 東京都神社庁

下野谷遺跡公園:武蔵野台地にひそむ縄文の気配

西東京市の地図を眺めながら、密を避けてスクーターで行ける行き先を探していた夏の日、まず目に留まったのは東伏見稲荷神社でした。東伏見駅近くにスクーターを止め、周辺をさらに拡大してみると、「下野谷遺跡公園」という文字がすぐ近くに現れます。遺跡という言葉には不思議な吸引力があります。炎天の午後でしたが、せっかくなので足を延ばすことにしました。 公園に着くと、静かな住宅街の一角に、縄文時代を想像させる小さな空間がぽっかりと現れます。目を引くのは復元された竪穴住居で、草屋根の丸いふくらみが、武蔵野台地の緑とよくなじんでいました。コロナ禍のさなかだったためか、住居の周囲には低い柵が巡らされ、内部に近づくことはできませんでしたが、入口の向こうに落ちる影を見つめていると、土の床に座して火を囲む人びとの気配までが立ちのぼってくるように感じます。そばには木組みだけを見せる小さな復元もあり、竪穴住居の構造が視覚的に理解できました。地面に掘り下げた円形の窪み、その上に木柱を組み、梁を渡して屋根を架ける——そんな基本の骨格がむき出しになっていて、教科書の図を立体で見るような楽しさがあります。 武蔵野の台地は、湧水や雑木林に恵まれた場所で、縄文人の生活の跡が点々と残ります。竪穴住居は、地面を掘り込むことで夏は涼しく冬は暖かい、素朴で理にかなった住まいでした。遠い過去の営みは遺物や土層の重なりから読み解かれますが、実物大の復元が目の前にあると、身体感覚で時間の厚みを確かめられるのが良いところです。残念ながら公園内に解説の充実した資料館は見当たらず、その日は外からそっと眺めるだけにとどめました。 ひとしきり遺跡の空気を吸い込み、次の目的地の東伏見稲荷神社へ向かいました。駅へ戻る道すがら、蝉の声が濃く重なります。社殿の朱が夏の光でいっそう鮮やかに見えるだろうと想像しながら、もう一度振り返って竪穴住居を確かめました。いつか落ち着いた頃に、中まで見学できる日が来ればと願います。 後で調べると、発掘で見つかった出土品は西東京市の郷土資料室に収められているようです。住居の復元で感じた気配を、器や石器の質感からもう一歩確かな像へと結び直すには、現物に触れるように見る機会が欠かせません。次は郷土資料室で遺物を見てから、再び公園を歩き、住まいのスケールや周囲の地形と照らし合わせてみたいと思います。遺跡公園は広大で...

東伏見稲荷神社:西東京で味わう、朱色の回廊と心静かなひととき

西東京市を散策したある夏の日、東伏見稲荷神社を訪れる機会に恵まれました。よく晴れた空の下、コロナ禍の影響で遠出が難しい時期でしたが、気分転換を兼ねてスクーターで都内近郊を巡ることが、週末の小さな楽しみになっていました。この日は下野谷遺跡公園で古代の面影に触れた後、地図で見かけた東伏見稲荷神社に立ち寄ることにしました。 正直なところ、事前に地図で調べたときは、町の中にある小さな神社なのだろうと想像していました。ところが、実際に現地に着いてみると、想像を超える大きな鳥居が堂々と構え、きれいに整備された階段が参道へと続いています。思わず「これは立派だ」と感じさせる風格があり、地域の人々に大切に守られてきた歴史を感じさせてくれました。 境内に足を踏み入れると、さらに驚かされたのが、京都の伏見稲荷大社を思わせる千本鳥居の存在です。朱色の鳥居が幾重にも連なり、光と影が織りなす幻想的な空間が広がっていました。東京都内でこのような光景に出会えるとは思わず、静かな感動を覚えました。 本殿で手を合わせてお参りを済ませた後、あらためて周囲を見渡すと、神社全体がとても清潔で、細やかな手入れが行き届いていることが感じられます。地域に根ざした信仰の場でありながら、どこか心が洗われるような、特別な雰囲気が漂っていました。 東伏見稲荷神社は、昭和4年(1929年)に創建されました。関東地方における稲荷信仰の広がりの一環として、京都・伏見稲荷大社から分祀された神社であり、「東の伏見」という名前にもその由来が表れています。創建からおよそ1世紀近く、今も地域の人々に親しまれ、初詣や季節の祭事の際には多くの参拝者で賑わうそうです。 参拝を終え、神社を後にして次の目的地である東伏見公園へと向かいました。都市のなかにあって、心静かに過ごせる神社との出会いは、日常に小さな非日常をもたらしてくれます。東伏見稲荷神社は、都心からもアクセスしやすい場所にありながら、伝統と自然が調和した、とても魅力的な場所でした。 旅程 東京 ↓(スクーター) 武蔵関公園 ↓(徒歩) 下野谷遺跡公園 ↓(徒歩) 東伏見稲荷神社 ↓(徒歩) 東伏見公園  ↓(スクーター) 東京 周辺のスポット 下野谷遺跡公園 東伏見公園  リンク 東伏見稲荷神社公式WEBサイト~諸願成就に関東一円から~トップページ 東伏見稲荷神社|H...

所沢航空記念公園:金属の機体と緑の木陰、発祥の地で感じた時間

埼玉県所沢市の所沢航空記念公園を訪れました。コロナ禍の最中で、できるだけ密を避けながら行動したかった時期です。電車や繁華街よりも、屋外で風を感じられる場所のほうが安心できる気がして、この日はスクーターで公園まで向かいました。 公園に入ってまず目に入ったのは、実物のYS-11でした。写真や映像では見慣れていても、機体が持つ「大きさ」と「金属の質感」は、現物を前にすると印象が変わります。YS-11は日本の戦後航空機産業を象徴する旅客機として知られていますが、静かに展示されている姿を見ると、技術や産業の歴史が“物”としてそこに残っていることを実感します。 少し進むと「航空発祥の地」と刻まれた碑が立っていました。公園名の「航空記念」が何の記念なのか、訪れる前ははっきり意識していなかったのですが、ここで腑に落ちました。所沢は、日本の航空史において特別な場所です。明治期に日本初の飛行場が設けられ、飛行機という新しい技術を軍事や産業、教育へと結び付けていく出発点の一つになりました。今は穏やかな公園として整備されていますが、かつては空を飛ぶという挑戦が、具体的な訓練や研究として積み重ねられていた土地なのだと思うと、足元の風景の見え方が変わってきます。 園内には所沢航空発祥記念館もありました。ただ、まだ人の流れが読みにくく、屋内施設は無理をしないと決めていたため、今回は外観だけにしておきました。展示は落ち着いた頃に、改めて時間を取って見に来たい。そう思えるだけでも、再訪の目的が一つ増えた気がします。 さらに奥へ進むと、C-46A輸送機が展示されていました。戦時期から戦後にかけて、輸送機は物資や人員の移動を支える「裏方」の主役でした。華やかな戦闘機とは違う存在感ですが、輸送という機能が航空の価値を現実の社会に接続してきたことを考えると、歴史の厚みはむしろこちらにあるのかもしれません。展示機の前に立つと、空を飛ぶ技術が“生活圏”や“物流”と直結していたことが、想像よりも具体的に迫ってきます。 公園の中央には大きな塔があり、案内図には公園放送塔とありました。公園に放送塔というのは少し珍しく感じ、航空の歴史と関係があるのだろうか、とつい考えてしまいます。確かなことは分からないのですが、広い敷地で人の流れや安全を管理するための仕組みが、この公園の成り立ちとどこかで重なっているようにも思えました...