私は埼玉県和光市にある和光樹林公園を訪れました。まだコロナ禍の空気が色濃く残っていたころで、できるだけ人混みを避けながら、週末には東京周辺をスクーターで走っていました。この日も、どこか静かに過ごせる場所はないかと思い、和光まで足を延ばすことにしました。
和光という地名は、私にとっては長いあいだ「地下鉄の行き先表示で見る名前」でした。和光行きの電車は知っていても、それがどこにあるのか、東京都なのか埼玉県なのかさえ、実はよく分かっていませんでした。実際に訪れてみると、和光市は埼玉県の南端に位置し、東京都に接する場所にあります。都心からそれほど遠くないのに、少し足を伸ばすだけで空気の密度が変わるような感覚があり、「知っているつもりで知らなかった場所」に来たのだと感じました。和光市は埼玉県の最南端にあり、東京都への玄関口ともいえる立地です。
公園に入ると、まずその広さが印象に残りました。名前に「樹林」とある通り、園内にはたくさんの木々が植えられていて、ただ広い芝生が広がるだけの公園とは少し違います。歩いていると、木陰の合間に休憩できる場所があり、ところどころに腰を下ろして一息つけそうな空間が設けられていました。都市の近くにありながら、散歩のためだけに時間を使ってもよいと思わせる、余白のある公園です。
園内には噴水のような場所もありましたが、このときは水は張られていませんでした。おそらく水遊びを防ぐためだったのだろうと思います。時期が時期だけに、管理する側も慎重になっていたのでしょう。水のない噴水は少しだけ寂しく見えましたが、それでも整えられた空間そのものに荒れた印象はなく、むしろ人が少ないぶん、公園全体の静けさが際立っていました。
歩いているうちに、小さな日本庭園を思わせるような一角も目に入りました。大きな観光名所の庭園のような華やかさではありませんが、都市公園の中にこうした和風の落ち着いた景色が差し込まれていると、不思議と足を止めたくなります。公園というと、遊具や運動施設のような分かりやすい機能に目が向きがちですが、こうした「ただ眺めるための空間」があることで、その場所の印象はずいぶん変わるものだと思いました。
さらに歩くと、屋根のある非常に大きなスペースもありました。イベントなどにも使えそうな立派な空間でしたが、その日は一人の少年がサッカーのリフティングをしているだけでした。その光景が妙に心に残っています。本来なら多くの人が集まり、何かが開催されてもおかしくない場所に、たった一人だけがいて、黙々とボールを扱っている。その静かな時間の流れが、当時の社会の空気をよく表していたように思います。広い場所があるのに集まらない、人が来られるのに来ていない。そんな時代でした。
この日、公園内ですれ違った人は、その少年一人だけでした。東京近郊にこれほど大きな公園がありながら、ほとんど無人に近いというのは、今思い返しても少し不思議です。しかし、だからこそ、この日の和光樹林公園は強く記憶に残りました。人の気配がほとんどない公園は、どこか現実感が薄く、時間が止まった空間のようでもありました。一方で、だからこそ木々の存在や地面の広さ、空の抜け方のようなものが、いつも以上にはっきり感じられたのだと思います。
和光樹林公園には、こうした静かな印象とは別に、土地そのものが持つ歴史もあります。この公園は、戦後に米軍に接収された「キャンプ朝霞基地」跡地の一部に整備されたもので、快適な住環境の確保や都市景観の形成を目的として計画され、1989年3月に多目的広場を備えた公園として開設されました。スポーツやレクリエーションの場であると同時に、広域避難地としての役割も担っています。現在の穏やかな緑の風景の下に、戦後の接収や返還、都市計画の流れが重なっていると思うと、この公園の見え方も少し変わってきます。東京都側には都立大泉中央公園が隣接する形で整備されており、この一帯が広い緑地としてつながっていることも、この場所の特徴です。
何も知らずに来た場所でも、実際に歩いてみると、その土地が少しずつ輪郭を持ちはじめます。和光は、私にとっては「電車の行き先」でしかなかった名前でしたが、この日を境に、静かな樹木の多い公園と結びついた場所になりました。人の少ない時期だったからこそ見えた風景もあったでしょうし、誰にも邪魔されずに歩けたからこそ、土地の空気をそのまま受け取れたのかもしれません。
大きな観光地ではなくても、こうした公園にはその時代の空気や都市の歴史が静かに残っています。和光樹林公園は、派手な見どころが次々に現れる場所ではありませんでしたが、だからこそ、木々の多さや空間の余裕、そして人の少なさまで含めて、強く印象に残る訪問になりました。地下鉄の終点表示の先には、思っていた以上に広く、静かで、歴史を抱えた緑の空間が広がっていたのです。
旅程
東京
↓(スクーター)
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東京
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