茨城県つくば市の筑波山を訪れました。目的は筑波山そのものでしたが、ケーブルカーに乗る前に、まず山麓に鎮座する筑波山神社へ向かいました。バスで筑波山神社入口に着くと、目の前の交差点に大きな鳥居が立っており、ここから山の信仰の世界へ入っていくのだという気持ちになります。観光地としての筑波山に来たつもりでも、最初にこの鳥居を見ると、単なる登山や展望ではなく、古くから人々に崇められてきた霊山を訪ねているのだと感じました。
はじめに筑波山大御堂で参拝し、その後、隣にある筑波山神社の境内へ入りました。筑波山は古くから信仰の対象とされてきた山で、筑波山神社は男体山と女体山の二つの峰を神聖な場所として祀っています。西の男体山には筑波男大神、東の女体山には筑波女大神が祀られ、それぞれ伊弉諾尊、伊弉冊尊にあたるとされています。筑波山そのものを御神体と仰ぐ神社であり、拝殿から山頂を含む広い範囲が境内とされていることも、この神社の大きな特徴です。
参道を進むと、赤色の神橋が見えてきました。神社でよく見る明るい朱色というより、少し濃く落ち着いた赤に見え、木々の緑や石段の雰囲気の中でよく目立っていました。この御神橋は県指定文化財で、江戸時代の寛永10年、三代将軍徳川家光によって寄進されたものとされています。のちに五代将軍綱吉の時代に改修されたとも伝えられ、江戸幕府と筑波山信仰の関わりを今に伝える建造物です。
さらに進むと、随神門が現れます。最初に見た印象は、神社の門というよりも、お寺の門に近いものでした。楼門のような重厚な姿で、門の左右には倭健命と豊木入日子命の像が安置されています。筑波山では中世以降、神仏が並び立つ信仰の形が続き、明治維新後の神仏分離によって神社のみとなった歴史があります。随神門がどこか寺院的に見えたのは、そうした筑波山信仰の複雑な歩みを反映しているようにも感じられました。現在の随神門は文化8年に再建されたもので、県内でも大きな規模の門とされています。
随神門をくぐって先に進むと、拝殿が見えてきました。濃いめの木の色をした社殿は、派手さよりも落ち着きがあり、山を背にした神社らしい重みがありました。中央には大きな鈴が下げられていて、参拝の場としての存在感があります。ここに立つと、すぐ背後に筑波山があることを意識せずにはいられません。山頂の本殿を直接拝むのではなく、山そのものに向かって祈っているような感覚がありました。
筑波山は『万葉集』にも詠まれた山で、古くから常陸国を代表する名山として親しまれてきました。公式の由緒によれば、奈良時代の『万葉集』には筑波の歌が二十五首載り、延喜式では男神が名神大社、女神が小社に列したとされています。江戸時代には、幕府が江戸の鬼門を守る神山として重んじ、神領を寄進したとも伝えられています。山岳信仰、和歌、神仏習合、江戸幕府との関係が重なり合っているところに、筑波山神社の奥深さがあります。
参拝を終えたあとは、ケーブルカーの駅へ向かいました。筑波山へ登る前に神社へ立ち寄ったことで、山の見え方が少し変わったように思います。単に展望を楽しむ山ではなく、古代から人々が仰ぎ見て、祈り、歌に詠み、時代ごとに信仰の形を変えながら守ってきた山なのだと感じました。大きな鳥居、濃い赤色の神橋、寺院の面影を残すような随神門、そして木の色が印象的な拝殿を順に歩いていく時間は、筑波山の歴史へ少しずつ近づいていくような参拝でした。
旅程
東京
↓(JR常磐線/つくばエクスプレス/バス)
筑波山神社入口
↓(徒歩)
筑波山大御堂
↓(徒歩)
↓(ケーブルカー)
↓(ロープウェイ)
つつじヶ丘駅
↓(バス)
つくば駅
周辺のスポット
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