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迎賓館赤坂離宮

本日は、予約をして迎賓館赤坂離宮(げいひんかんあかさかりきゅう)に来ました。 以前、この近くにオフィスがあり、昼休みの散歩中に何度か見ていて、一度来たいと思っていました。 迎賓館赤坂離宮は、1909年(明治42年)に片山 東熊(かたやま とうくま)の設計により、ネオ・バロック様式で、東宮御所(とうぐうごしょ)として建設されました。東宮御所とは、皇太子の御所です。東宮とは皇太子のことを表します。 明治時代に造られたので、大正天皇となられる皇太子嘉仁(よしひと)親王が最初の使用者ですが、あまりに華美であることや、住居として使い勝手が良くなかったため、あまり使用されませんでした。 1924年(大正13年)、後に昭和天皇となられる皇太子裕仁(ひろひと)親王が結婚され、その後しばらくは東宮御所として使用されました。 第二次世界大戦後、皇室から国に移管され、国立国会図書館、法務庁法制意見長官、裁判官弾劾裁判所、内閣憲法調査会、東京オリンピック組織委員会などに使用された。 その後、外国の賓客を迎えることが多くなり、1974年(昭和49年)3月に大改築し、現在の村野藤吾の設計により、迎賓館が完成しました。同時に、和風別館も谷口吉郎の設計により、建設されました。 2009年(平成21年)に、再度大改築され、国宝に指定されました。 多くの国王、大統領、首相などをお迎えしたり、主要国首脳会議などの国際会議の場として使用されています。 見学は、主庭、本館、和風別館を見ることができます。 主庭には、豪華な噴水があります。 和風別館の見学は時間制で、担当の方が説明しながら周ります。 旅程 四ツ谷駅 ↓(徒歩) 迎賓館赤坂離宮 ↓(徒歩) 四ツ谷駅 関連イベント 周辺のスポット ホテルニューオータニ 日本庭園 日枝神社 日本オリンピックミュージアム ワタリウム美術館 赤坂サカス 新宿御苑 地域の名物 関連スポット リンク 迎賓館赤坂離宮 | 内閣府 迎賓館 | 内閣府 元赤坂「迎賓館赤坂離宮」を見学! 東京23区唯一の国宝建築に明治日本における美と技術の結集を感じる | 港区観光協会 | VISIT MINATO CITY - 東京都港区の観光情報公式サイト

東京ジャーミイ:トルコ文化とイスラーム文化の玄関口、東京観光で異文化体験

コロナも落ち着いてきたので、最近は東京都内の観光をしています。本日は、正月の休みを利用して、新宿にあるイスラーム教のモスクの東京ジャーミイに来ました。コロナ前にトルコのイスタンブール観光したときに、日本語が話せる 東京の喧騒の中に、まるで異国に迷い込んだような静謐な空間があります。代々木上原駅から徒歩数分の場所に立つ「東京ジャーミイ」は、日本にいながらオスマン建築の美しさとイスラーム文化の精神に触れられる、まさに宝石のような存在です。 このモスクは1938年(昭和13年)、日本に移住していたタタール系トルコ人によって建てられました。戦争や時代の変遷を経て老朽化し、やがて取り壊されることになりますが、2000年(平成12年)、トルコ共和国の支援のもと再び新たな姿で蘇りました。再建にあたっては、建築資材も職人もトルコから招かれ、本場の技術と精神が丁寧に注ぎ込まれています。 建物の外観からして圧倒されます。白亜の壁に繊細なアラベスク模様、空に向かって伸びるミナレット。まるでイスタンブールのモスクをそのまま東京に移築したかのような印象を受けます。内部に一歩足を踏み入れると、そこにはステンドグラスの柔らかな光、天井を彩るカリグラフィー、そして祈りの静けさに満ちた空気が広がっています。礼拝の時間になると、館内にアザーンが響き渡り、心が自然と落ち着いていくのを感じることでしょう。 東京ジャーミイは、単なる宗教施設にとどまりません。併設のトルコ文化センターでは、トルコ語やトルコ料理、書道や陶芸など、多彩な講座や展示が行われており、宗教や国籍を越えた文化交流の場となっています。特に週末には、建物内のガイドツアーが開催され、訪れた人々はオスマン様式の建築やイスラーム文化について学ぶことができます。日本語と英語の解説が用意されているため、観光客にとっても理解しやすい内容となっています。 見学に際しては、肌の露出を控えた服装を求められますが、スカーフなどは貸し出しも行われていますので、気軽に訪れることができます。モスクというと敷居が高いと感じる方もいるかもしれませんが、東京ジャーミイは常に開かれており、「知ること」を歓迎してくれる場所です。 宗教、文化、建築、そして人々の祈りの場としてのジャーミイ。その静けさと美しさを感じに、東京を訪れた際にはぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。日常から...

妙福寺:冬の境内、薄紫を思い描いて、銚子駅前で出会う古刹の時間

銚子電鉄の外川駅から海風を感じながら北へ歩き、夕刻近くにたどり着いたのが銚子駅近くの妙福寺(みょうふくじ)でした。北から回り込んだため裏門から境内に入り、静かな空気の中でまず大本堂に参拝しました。旅の締めくくりにふさわしい落ち着きがあり、歩き続けた一日の体の疲れがふっと和らいだ気がします。 妙福寺は日蓮宗の古刹で、房総一帯に色濃く残る妙見信仰とも結びついてきました。妙見は北極星・北斗七星を神格化した守護神で、中世にこの地を治めた千葉氏の庇護のもと広まったと伝えられます。境内に妙見宮拝殿が置かれているのは、その歴史的背景を今に伝える象徴だと感じました。 本堂ののち、妙見宮拝殿に手を合わせ、さらに妙福稲荷堂へ。商都・港町として栄えた銚子らしく、海上安全や商売繁盛への祈りが積み重ねられてきた場所だと思うと、一つひとつの奉納札や狐像の表情にも親しみが湧きます。稲荷堂の赤と周囲の木立の緑がよく映え、冬の淡い光にも心が温まりました。 境内の奥には「龍神瀧」と呼ばれる水の場があり、しぶきの音が旅の余韻を静かに締めてくれます。漁の町と結びつく水の信仰はこの地の暮らしと直結しており、龍神に海の穏やかさと道中の無事を願う人々の思いが重なって聞こえるようでした。 妙福寺といえば藤の名所として知られ、見頃は例年四月下旬から五月上旬ごろです。訪れたのは十二月で花期から外れていましたが、枝ぶりの堂々たる藤棚を眺めていると、満開の季節の香りと薄紫の陰影が想像でき、次は藤のころに必ず戻って来ようという気持ちになりました。 外川駅からの町歩きの終点に妙福寺を選んだことで、銚子の歴史と信仰、そして港町の時間の流れに自然と触れられた一日でした。季節を変えればまた表情を変えるであろう境内を思い浮かべつつ、次の参拝では藤の花の下でゆっくりと時間を過ごしたいと願っています。 旅程 東京 ↓(電車) 銚子駅 ↓( 銚子電鉄 ) 外川駅(とかわえき) ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 犬岩/千騎ケ岩 ↓(徒歩) 補陀洛山満願寺 ↓(徒歩) 地球の丸く見える丘展望館 ↓(徒歩) 犬吠駅 ↓(徒歩) 犬吠埼 ↓(徒歩) 銚子ポートタワー/ウオッセ21 ↓(徒歩) 圓福寺 ↓(徒歩) 銚子セレクト市場 ↓(徒歩) 妙福寺 ↓(徒歩) 銚子駅 ↓(JR) 東京 周辺のスポット 銚子セレクト市場 圓福寺 地域の名物 ぬれ煎餅...

圓福寺 観音堂(飯沼観音):朱に染まる境内、銚子の風を聴く

外川の港町から歩いて銚子の町なかへ抜ける道すがら、旅の終盤に朱塗りの仁王門が視界に飛び込みました。門をくぐると、境内は五重塔も本堂(飯沼観音)も鮮やかな朱で統一され、冬の淡い光の下でいっそう際立って見えます。まずは本堂で手を合わせ、堂内も拝観しました。磨かれた床に差す光や、ご本尊へ向かう参詣の人の足音が静かに響き、海風の町にある寺とは思えないほど、しっとりとした時間が流れていました。 ここ圓福寺(えんぷくじ)はは坂東三十三観音霊場の第二十七番札所として知られ、古くから「銚子の観音さま」と親しまれてきました。寺伝では奈良時代の神亀五年(728年)、漁師の網に十一面観音像がかかり、これを祀ったのが起こりとされ、そののち弘法大師・空海が開眼供養を行ったと伝わります。海と観音の縁起が、港町の信仰を育んできたことがうかがえます。 門前の賑わいもまた歴史の一部です。坂東札所に数えられたことが銚子の発展を後押しし、観音堂を中心に門前町が形づくられました。海の安全や家内繁栄を願う人々が行き交い、信仰と交易が交差する場として栄えたことを思うと、境内の朱が単なる装飾以上の力を帯びて見えてきます。 戦禍により堂宇の多くは失われましたが、観音信仰は途絶えることなく受け継がれ、現在の建物は戦後に再建されたものです。境内にそびえる五重塔は平成21年(2009)の完成で、総高約33.55メートル。海風を受けながら、どっしりと町を見守る灯台のような存在感がありました。 外川からの長い散策を締めくくるように、朱の回廊を振り返ると、潮の香りと読経の声が混じり合い、銚子らしい音と匂いが胸に残ります。旅の途中でふと立ち寄っただけのつもりが、海から生まれた観音の物語と、門前に息づく人々の営みが静かに重なって、心にしっかり刻まれる訪問となりました。次は季節を変えて、朱の塔に朝日が当たる時間帯にも来てみたいと思います。 旅程 東京 ↓(電車) 銚子駅 ↓( 銚子電鉄 ) 外川駅(とかわえき) ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 犬岩/千騎ケ岩 ↓(徒歩) 補陀洛山満願寺 ↓(徒歩) 地球の丸く見える丘展望館 ↓(徒歩) 犬吠駅 ↓(徒歩) 犬吠埼 ↓(徒歩) 銚子ポートタワー/ウオッセ21 ↓(徒歩) 圓福寺 ↓(徒歩) 銚子セレクト市場 ↓(徒歩) 妙福寺 ↓(徒歩) 銚子駅 ↓(JR) 東京 周辺のスポット 銚...

銚子ポートタワー/ウオッセ21:岬の灯台から港のタワーへ、歩いて分かる銚子の距離感

冬の銚子を歩いていると、潮の匂いと海風の手触りが、町の輪郭をはっきりさせてくれます。この日は、朝から銚子市内を巡り、銚子電鉄で外川駅へ向かってから、外川町の路地や犬吠埼をたどりつつ、君ヶ浜沿いの道を北上して銚子ポートタワーへ歩きました。観光地同士を「地図の線」でつなぐのではなく、海岸線そのものを辿っていく移動は、銚子という土地が「海とともにある町」だという事実を、身体の感覚で納得させてくれます。 犬吠埼といえば、明治期に建設された灯台が有名です。犬吠埼灯台は1874年に完成した煉瓦造の灯台で、近代日本の海上交通を支えた遺産として重要文化財にも指定されています。 旅の序盤でこの近代化の象徴に触れておくと、同じ海を前にしても、海岸の景色が「眺め」だけではなく「人が築いてきた航路の歴史」と重なって見えてきます。 君ヶ浜を抜けて港の地区に入ると、遠くに銚子ポートタワーが見えてきました。海岸の開けた空に、鏡のようなガラスの塔が立っているのは、どこか未来的でもあり、港町の実務的な風景に一つのアクセントを添えています。銚子ポートタワーは千葉県の施策の一環として整備され、1991年に開業した高さ57.7メートルのタワーです。「水揚げの町」の日常が、観光という入口からも立ち上がるように設計された施設だと知ると、ただ展望を楽しむ場所以上の意味が見えてきます。 タワーの隣には魚市場のウオッセ21があり、まずはそちらから見学しました。市場の売り場に並ぶ魚介類の瑞々しさは、銚子の港が“現役”で動いていることを何より雄弁に語ります。ウオッセ21もタワーと同じく1991年にオープンした施設として紹介されています。 海鮮丼など食事を楽しめる場所もあり、観光客にとっては「港の恵みをその場で味わう」導線が整っていますが、この日は犬吠埼ですでに食事を済ませていたため、眺める楽しさに徹しました。食べられなかった悔しさよりも、「次はここで食べる理由ができた」という宿題が一つ増えた感覚の方が近かったです。 市場を一通り見たあと、銚子ポートタワーへ向かい展望階に上りました。高い場所から港を見下ろすと、銚子が関東の最東端で、利根川が太平洋に注ぐ地点に築かれてきた町だという地理がよく分かります。銚子という地名自体、河口の形が酒器の「銚子(提子)」に似ていることに由来する、という説明もあります。 こうした地形は、海か...

犬吠埼:明治の灯りと地層が語る海辺、レンズ越しに感じた航海の歴史

澄み渡る晴天の下、犬吠埼を訪れました。冬の冷たい空気の中、銚子電鉄に揺られて外川駅に降り立ち、駅の南側から静かな町並みを歩き始めました。朝の早い時間帯だったこともあり、まだ人気の少ない路地を進みながら、漁港の町ならではの風情や潮の香りを楽しみます。 やがて犬吠埼の岬へと辿り着きました。最初に目に入ったのは、海に向かってそそり立つ岩壁と、そこに刻まれた見事な地層です。犬吠埼周辺は地質学的にも興味深く、長い年月をかけて作られた地層が、まるで地球の歴史を静かに語っているかのように見えました。 灯台を目指して岬を歩くと、白亜の犬吠埼灯台が青空に映えて立っていました。 この灯台は1874年(明治7年)にイギリス人技師ブラントンの設計で建てられた、日本を代表する洋式灯台のひとつです。その歴史を思いながら灯台の資料展示館を訪れると、巨大なレンズやかつて使われていた灯火器具が展示されていて、灯台が果たしてきた航路の安全を守る役割の重みを改めて感じました。 灯台の内部は思った以上に狭く、らせん階段は急な傾斜で、登るごとに息が上がります。 それでも、最上階にたどり着いた瞬間、目の前に広がる太平洋と房総の海岸線は、努力が報われるほどの絶景でした。海と空の境界がくっきりと見え、冬の光が波にきらめいていたのを今でも鮮明に思い出します。 灯台を後にした私は、君ヶ浜へと歩を進めました。海岸沿いの道を北上しながら、遠くに見える銚子ポートタワーを目指します。潮風を浴びながら砂浜を歩く時間は、旅の余韻を味わうのにふさわしいひとときでした。 犬吠埼の旅は、歴史ある灯台と大自然の景観、そして静かな町の雰囲気が調和した、心に残る一日となりました。また訪れたくなる場所として、私の中に刻まれています。 旅程 東京 ↓(電車) 銚子駅 ↓( 銚子電鉄 ) 外川駅(とかわえき) ↓(徒歩) (略) ↓(徒歩) 犬岩/千騎ケ岩 ↓(徒歩) 補陀洛山満願寺 ↓(徒歩) 地球の丸く見える丘展望館 ↓(徒歩) 犬吠駅 ↓(徒歩) 犬吠埼 ↓(徒歩) 銚子ポートタワー/ウオッセ21 ↓(徒歩) 圓福寺 ↓(徒歩) 銚子セレクト市場 ↓(徒歩) 妙福寺 ↓(徒歩) 銚子駅 ↓(JR) 東京 周辺のスポット 銚子電鉄 犬岩&のぞき岩 千騎ケ岩 地球の丸く見える丘展望館 長九郎(ちょぼくり)稲荷神社 長崎鼻一ノ島照射灯 圓...

地球の丸く見える丘展望館:銚子の空と海を見渡して、犬吠埼へ向かう道

千葉県銚子市の地球の丸く見える丘展望館に行きました。この日は朝から犬吠埼を目指して銚子を訪れ、まずは銚子電鉄で外川駅まで向かいました。外川の町を歩き、長崎鼻一ノ島照射灯などを見ながら北へ進んでいくと、海辺の町らしい風景の向こうに、次第に視界のひらける場所が現れてきます。その途中で立ち寄ったのが、愛宕山に建つ地球の丸く見える丘展望館でした。銚子は海に突き出した土地の形もあって、昔から海岸の景観そのものが大きな魅力だったそうです。飯沼観音への参詣、海岸線を楽しむ「磯めぐり」、犬吠埼灯台、そして愛宕山からの眺めは、銚子観光を形づくってきた代表的な資源の一つとされています。昭和63年(1988年)に開館したこの展望館も、そうした土地の魅力を今に伝える場所なのだと思いました。 屋上の展望台へ上がると、たしかにここが特別な場所であることがよく分かりました。銚子のこのあたりは、劇的な山地があるわけではありませんが、そのぶん少し高い場所に立つだけで、空と海と陸の境目が大きく広がって見えます。地球の丸く見える丘展望館は、330度にわたって水平線を望めることで知られており、海が単なる背景ではなく、町そのものを包む大きな輪郭として感じられました。展望台から周囲を見渡していると、銚子という土地が関東平野の果てでありながら、同時に太平洋へ向かって開かれた場所でもあることが、目で見て実感できます。遠くまで見える景色は爽快でしたが、それ以上に印象的だったのは、平らな大地の先に丸みを帯びるように続く水平線で、地名の由来そのものを素直に納得させてくれる眺めでした。 展望を楽しんだあと、展望館前の広場に出ると、竹久夢二などの石碑のレプリカが並んでいました。最初は展望施設に文学碑のレプリカが集められていることを少し不思議に思いましたが、銚子という町を歩いていくと、海だけではなく、文学や芸術とも結びつきの深い土地であることが見えてきます。銚子市の案内を見ると、ここには竹久夢二だけでなく、国木田独歩、小川芋銭、尾崎咢堂などに関する碑のレプリカも置かれており、本来は市内各所に点在するものを、この場所でまとめて見られるようになっているようです。雄大な景色を眺める展望台と、銚子に惹かれた人々の言葉や作品を思い起こさせる碑とが同じ場所にあることで、この土地の魅力が単なる絶景にとどまらないことが伝わってきました。海を...