朝から三渓園を目的に横浜を訪れました。三渓園の広い庭園を歩き、本牧神社にも立ち寄ったあと、山手方面へ向かい、大佛次郎記念館を訪れました。横浜は港町としての風景だけでなく、近代日本の文化や文学とも深く結びついた街です。その横浜の高台にあるこの記念館は、観光地の途中に立ち寄る場所というより、横浜という土地が育んだ文学の記憶に静かに触れる場所のように感じられました。
建物に近づくと、まず外観の印象が強く残りました。中央部分の屋根にはアーチ状のガラスがあり、赤レンガの壁は横浜赤レンガ倉庫を思わせる雰囲気があります。周囲の山手の洋館や港町らしい景観ともよく合っていて、単なる文学館というより、横浜らしい建築の一つとしても楽しめる場所でした。大佛次郎記念館は港の見える丘公園内にあり、アーチ型の屋根と赤レンガ色の外観が特徴的な建物として紹介されています。
館内に入ると、外観以上に印象的だったのが天井から差し込む光でした。アーチ状のガラス屋根から自然光が入ってくるため、室内には少し幻想的な明るさがあります。文学館というと、静かな展示室に資料が整然と並んでいるイメージがありますが、ここでは建物そのものが一つの舞台装置のようにも見えました。赤レンガの外観から連続する横浜らしさと、天井から入る光の柔らかさが重なり、作家の記憶をたどる場所として、とても落ち着いた雰囲気を作っていました。
大佛次郎は「おさらぎじろう」と読みます。横浜生まれの作家で、横浜を多く描いた作家としても知られています。代表作には『鞍馬天狗』『赤穂浪士』『帰郷』『パリ燃ゆ』『天皇の世紀』などがあり、時代小説から歴史小説、現代小説、ノンフィクション的な作品まで幅広く手がけました。特に『鞍馬天狗』は大衆文学のヒーローとして広く親しまれ、大佛次郎の名前を多くの人に印象づけた作品です。
展示では、大佛次郎の原稿や本などが紹介されていました。作家の展示を見るとき、完成した本だけでなく、原稿や資料に触れることで、作品が生まれる前の時間を少し想像できるようになります。印刷された本はすでに整った形になっていますが、原稿には書き手の迷いや集中、積み重ねが残っているように見えます。大佛次郎は歴史を題材にした作品も多いため、単に物語を書くというより、資料を読み込み、時代を見つめ、そこから人物や社会の姿を立ち上げていった作家なのだと感じました。
再現された書斎も印象に残りました。多くの本や絵が置かれた空間は、作家の頭の中を少しだけのぞくような感覚があります。書斎という場所は、机と椅子があるだけなら単なる作業場ですが、そこに並ぶ本や美術品、身の回りの品々によって、その人が何を見て、何を考え、どのような世界に囲まれていたのかが伝わってきます。大佛次郎の書斎からは、文学だけでなく、美術や歴史、社会への関心の広がりも感じられました。
また、大佛次郎が横浜ゆかりの作家であることを考えると、この記念館が山手にあることにも意味があるように思えます。横浜は開港以来、西洋文化が入ってきた都市であり、山手には外国人居留地の面影や洋館が残っています。一方で、大佛次郎の作品世界には、近代日本が経験した変化や歴史へのまなざしもあります。港町として外へ開かれてきた横浜と、歴史を見つめ続けた作家の記憶が、この場所で自然につながっているようでした。
三渓園や本牧神社を見た後に訪れたこともあり、この日の横浜散策は、庭園、神社、文学館と、少しずつ性格の違う場所をめぐるものになりました。三渓園では歴史的建築と庭園の美しさに触れ、本牧神社では地域の信仰を感じ、その後の大佛次郎記念館では、横浜を舞台にした文学と作家の人生に出会うことができました。同じ横浜でも、場所を移動するたびに見える時代や文化が変わっていくのが面白いところです。
一通り見学したあと、次の目的地である山手111番館へ向かいました。山手の洋館めぐりの途中にある文学館として訪れても楽しめますが、実際に中へ入ってみると、建物の美しさ、展示資料、再現書斎がそれぞれ印象に残る場所でした。赤レンガの外観とアーチから差し込む光の中で、大佛次郎という作家が横浜とともに残した足跡を静かにたどる時間になりました。
旅程
根岸駅
↓(バス)
↓(徒歩)
横浜市八聖殿郷土資料館
↓(徒歩)
(略)
↓(徒歩)
横浜市イギリス館
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
港の見える丘公園
↓(徒歩)
山下公園
↓(徒歩)
↓(徒歩)
日本大通り駅
周辺のスポット
- 港の見える丘公園
- 神奈川近代文学館
- 岩崎博物館
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