歌舞伎座で「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の夜の部を拝見しました。演目は後半の名場面「車引」「賀の祝」「寺子屋」の三つ。最初の「車引」はおよそ30分、勢いよく駆け抜けて幕が下り、続く休憩が長いのだろうかと思っていると、「賀の祝」は1時間15分、「寺子屋」は1時間15分と、後になるほど物語が深まり時間も長くなる構成でした。すべての上演がこの配列とは限らないのでしょうが、序章でぐっと引き込み、家族の情と義に踏み込んでいく弧を描くようで、面白い設計だと感じました。
「菅原伝授手習鑑」は江戸中期に人形浄瑠璃として生まれ、ほどなく歌舞伎にも移されたとされる時代物で、「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」と並ぶ三大名作の一つと言われます。学問の神として親しまれる菅原道真(劇中名は菅丞相)にまつわる伝説をもとに、政争と陰謀、そして庶民の暮らしの中で交錯する「恩」と「義」を描きます。上演は長大な全体から見せ場を抜き出す形が多く、今回の三場も、それぞれ性格の異なる味わいがありました。
「車引」では、荒事の力強さと見得のきまり手が舞台を一気に熱くします。筋書きを買う前は人間関係の細部が掴みきれず、勢いに圧倒されるばかりでしたが、相関図を眺めると、梅・松・桜の三兄弟がそれぞれの主君や立場に引き裂かれていく苦さが見えてきます。「賀の祝」になると祝言の華やかさの裏にひそむ不安が顔を出し、誰もが笑っていても、次の犠牲の気配が静かに忍び寄る気配を感じました。そして「寺子屋」。ここでは舞台が一段と息を詰めた空気に変わり、庶民の暮らしの場で、名もなき者が背負う決断の重さが、抑えた所作と台詞の間でにじみます。途中から登場して微動だにしない役があり、初見では何気なく眺めてしまいそうですが、筋書きの「役の難しさ」を読んで、動かずに時間を支える存在感もまた技なのだと気づかされました。静と動、語る声と沈黙の時間が、同じだけ物語を運ぶのだと実感します。
今回、事前にパンフレットで粗筋を追っていたつもりでしたが、実際の舞台は人物の色、衣裳の文様、音楽の拍、役者の呼吸が重なって物語が立ち上がります。幕間に筋書を手に入れ、役者ごとの見どころや型を知ってから観ると、同じ台詞でも響き方が変わりました。特に「寺子屋」の結末に向けて、ひとりの親としての情と、家に仕える武士の義がぶつかる瞬間、客席に広がる静けさが、舞台と客席で同じ痛みを共有しているように思えました。
歌舞伎は難しい、古典は敷居が高いという先入観が自分にもありましたが、物語の芯はとても素直で、筋書や解説が一枚加わるだけでぐっと近づきます。短い「車引」で目を覚まし、祝言で心を揺らし、寺子屋で胸に落ちる——そんな三段の階段を上るような夜でした。劇場を出るころ、菅公ゆかりの梅の意匠がいっそう印象に残り、学問の神としての伝承と、人の世の複雑さを映す鏡としての古典が、いまの自分の生活にもそっとつながっているように感じました。次は、別の場面や別役者で、同じ物語の「違う顔」にも会いに行きたいと思います。
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