イスタンブール観光の初日、空港からホテルに着いて間もなく、まずアヤソフィアへ向かい、そこから南へ歩いてこの広場に入りました。旅の最初に歩く場所として、これ以上ないほどふさわしい場所だったと思います。広場は南北に細長く伸び、北側から振り返ると、背後にあるアヤソフィアへと視線が吸い寄せられ、まるで巨大な聖堂へ続く参道のようにも見えました。観光地の広場というより、都市そのものの歴史が一本の軸として地上に残っているような感覚があり、歩き始めたばかりなのに、すでにイスタンブールという町の奥行きを強く感じました。
この場所は、現在はスルタンアフメット広場として親しまれていますが、もとはコンスタンティノープルのヒッポドローム、すなわち東ローマ帝国時代の戦車競走場でした。競走や祝祭だけでなく、皇帝の儀礼や政治的な出来事の舞台にもなった場所で、単なる広場ではなく、帝都の公共空間の中心だったことが分かります。イスタンブールの歴史地区の重要な一角として、アヤソフィアなどとともに世界遺産の文脈でも語られる場所であり、いま自分が歩いている緑地の下に、かつての巨大な競技場の記憶が沈んでいると思うと、足元の見え方まで変わってきます。
北側でまず目に入ったのが、ドイツの泉でした。八角形の屋根を持つこの泉は、広場の中でも少し異質な雰囲気を漂わせています。ローマやビザンツの遺構が並ぶ場所に、比較的新しい時代の記念建造物が置かれていることで、この広場が古代だけの遺跡ではなく、近代に入ってからも国際政治や外交の記憶を受け入れ続けてきたことが伝わってきます。実際、この泉はドイツ皇帝ヴィルヘルム2世からオスマン帝国側へ贈られ、1901年に公開されたもので、内部には金色のモザイク装飾が施されています。現地で見たときは、中央の台が何のためのものか一瞬迷いましたが、その細部よりもまず、帝国同士の関係が噴水という穏やかな形で広場に刻まれていることに強く惹かれました。
さらに南へ進むと、テオドシウス1世のオベリスクが現れます。すっと天に伸びる端正な四角柱で、遠目にも完成度の高い記念碑だと分かりますが、近づくと表面にびっしり並んだ象形文字に目を奪われます。もちろん意味は読めないのですが、記号が連なって何かを語っているという点では、現代の絵文字文化とどこか通じるものがあり、不思議と遠い存在に思えませんでした。このオベリスクは、もともと古代エジプトでトトメス3世のために建てられたもので、のちにテオドシウス1世の時代にコンスタンティノープルへ移されました。つまり、ここに立っている一本の石柱の中に、古代エジプト、ローマ帝国、東ローマ帝国、そして現代のトルコという、途方もない時間の層が重なっているのです。旅行初日にこれを見ると、イスタンブールが「一つの時代の都」ではなく、複数の文明が重なってできた都市であることを、理屈ではなく実感できます。
その先にある蛇の柱は、第一印象ではたしかに少し奇妙です。螺旋状にねじれた金属の柱は、古代の奉納記念物というより、現代の巨大機械の一部のようにも見えます。しかしこの柱は、もともとギリシア世界のデルフォイに置かれ、紀元前479年のプラタイアの戦いでペルシア帝国を破ったことを記念するモニュメントでした。のちにコンスタンティノープルへ移され、ヒッポドロームの中央線を飾る存在になったとされます。三つの蛇頭はすでに失われていますが、それでもなお、形そのものに強い記憶が宿っています。勝利記念碑が遠く離れた帝都に移され、その帝都がさらに別の時代へ受け継がれていくという流れは、この町の歴史の縮図のようにも感じられました。
最後に見た切石積みのオベリスクは、先ほどの端正なエジプトのオベリスクとは対照的でした。滑らかな一枚岩ではなく、積み上げられた質感が前面に出ていて、華麗というより骨太です。現在は素朴な石積みに見えますが、かつては外装で覆われていたとされ、いま見えている姿は長い歳月を経たあとの姿でもあります。豪華な記念碑が年月のなかで表層を失い、骨格だけを残して立っている様子には、滅びたというより、生き残ったものだけが持つ迫力があります。きらびやかな帝都の中心だった場所に、こうした「削ぎ落とされた歴史」がそのまま残っているのが、この広場の魅力なのだと思います。
こうして南へ抜け、次の目的地であるコンスタンティヌスの円柱へ向かったのですが、移動の途中も、気分としてはまだ広場の歴史の延長線上にいました。一本の通りを歩いただけなのに、古代ギリシア、古代エジプト、ローマ、東ローマ、オスマン、近代ヨーロッパまでが次々と現れ、しかもそれが博物館の展示ではなく、空の下の広場に並んでいるのです。スルタンアフメット広場は、名所を「見る」場所である以上に、都市の時間そのものを「歩く」場所でした。イスタンブール観光の初日にここを通ったことで、この町は建物が美しいだけではなく、文明そのものの重なり方が圧倒的なのだと、最初の数時間で強く印象づけられました。
旅程
(略)
↓(徒歩)
シルケジ駅
↓(徒歩)
↓(徒歩)
スルタンアフメット広場(ドイツの泉/テオドシウス1世のオベリスク/蛇の柱)
↓(徒歩)
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ホテル
周辺のスポット
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- コンスタンティヌスの円柱
- スルタンアフメト・モスク
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