福井県敦賀市の敦賀市立博物館に行きました。
この日は気比の松原を目的に敦賀を訪れていました。松原を歩いたあと、敦賀ムゼウムや敦賀鉄道資料館、みなとつるが山車会館などを見学し、その流れで隣にある敦賀市立博物館にも立ち寄りました。周辺には港町らしい歴史を伝える施設が集まっていて、敦賀という町が海と鉄道、そして近代の交流の拠点として歩んできたことを感じられる場所でした。
敦賀市立博物館の建物は、もともと昭和2年に建てられた大和田銀行本店です。大和田銀行は、近代の敦賀の発展を支えた銀行で、その本店だった建物が現在は博物館として使われています。敦賀は日本海側の港町として、国内外との往来や物流の中で重要な役割を持っていました。そのような町に建てられた銀行建築だったためか、単なる金融機関というよりも、町の近代的なシンボルのような雰囲気がありました。
外から見ると、どっしりとした近代建築らしい重厚さがあります。中に入ると、まず目に入るのは一階に残された銀行のカウンターでした。現在は博物館になっていますが、かつてここで人々が預金や融資の手続きをしていたのだと思うと、建物そのものが展示資料のように感じられます。展示ケースの中の資料を見るだけでなく、床や壁、窓口の配置からも、昭和初期の銀行の空気が伝わってくるようでした。
二階には貴賓室などが保存されていました。銀行の中にこのような部屋があることからも、この建物が単にお金を扱う場所ではなく、敦賀を訪れる人を迎える場としての役割も持っていたことが分かります。港町として栄えた敦賀には、多くの人や物が行き交い、その交流を支える場所として、こうした立派な建物が必要とされたのかもしれません。
三階の展示室には、かつて公会堂の講堂として使われていたステージも残っていました。銀行の建物の中に講堂があるというのは少し意外でしたが、当時の大和田銀行本店が、市民に開かれた公共的な性格も持っていたことを考えると納得できます。金融、交流、集会、迎賓といった複数の役割が一つの建物に重なっているところに、近代の敦賀の勢いが表れているようでした。
博物館としては大規模な施設ではありませんが、展示を見るだけでなく、建物の中を歩くこと自体に大きな意味がある場所でした。銀行のカウンター、貴賓室、講堂のステージと、階を上がるごとに違った表情が現れ、建物全体が敦賀の近代史を語っているようでした。
気比の松原から始まったこの日の敦賀めぐりは、海辺の景色から港町の記憶へ、さらに近代建築の中に残された町の文化へとつながっていきました。敦賀市立博物館は、展示資料だけでなく、建物そのものを通して敦賀の歩みを感じられる博物館でした。
旅程
東京
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敦賀駅
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敦賀城跡
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(略)
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みなとつるが山車会館
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敦賀駅
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