伊豆を巡る一日の前半に、修善寺温泉の指月殿(しげつでん)を訪ねました。この日は朝から独鈷の湯や韮山反射炉を目的に伊豆へ来ており、まずは修善寺周辺を歩いていました。修禅寺をはじめ、温泉街のいくつかの見どころを見たあと、その流れで最後に足を向けたのが指月殿です。
温泉街の中心から少し外れ、虎渓橋を渡って裏道のような坂を上がっていくと、観光地のにぎわいが少しずつ遠のき、空気が静かに変わっていくのが分かりました。修善寺温泉は散策が楽しい町ですが、少し道を外れるだけで、華やかな温泉地の印象から一転して、鎌倉の歴史の深い陰影が立ち上がってくるところに大きな魅力があると思います。
坂を上がってまず目に入ったのは、十三士の墓と源頼家の墓でした。どちらも新しく整えられた記念碑というより、長い年月を経てそこにあり続けてきたことが伝わるような、重みのある石造の墓でした。観光で歩いている最中にこうした墓所に出会うと、単に「名所を見た」という感覚では済まされず、その土地に刻まれた時間の層を急に意識させられます。頼家は源頼朝の後を継いだ鎌倉幕府二代将軍ですが、北条氏と比企氏の争いのなかで将軍の座を追われ、修禅寺に幽閉されたのち、この地で命を落としたと伝えられています。
また、十三士の墓は、頼家の死後に再起を図った家臣たちにまつわる伝承を今に伝える場所です。華やかな権力の中心にいた将軍が、伊豆の一角でその最期を迎え、その無念を抱えた家臣たちの物語まで残っていることを思うと、修善寺という土地が単なる温泉地ではなく、鎌倉幕府草創期の悲劇を静かに記憶する場所であることがよく分かります。
さらに進むと、木立の中に指月殿が現れました。古びた木造の姿は、たしかに日本各地で見る古建築と同じ系譜にありながら、どこかそれ以上に、歳月をぎりぎりのところで受け止め続けてきたような印象がありました。
堂内には黄金の仏像が安置されており、外観の渋さとの対比もあって強く目を引きました。華美ではないのに、むしろ静かな存在感が際立っていたのを覚えています。建物そのものも非常に古く、指月殿は源頼家の冥福を祈るため、母の北条政子が修禅寺に寄進した堂と伝えられ、伊豆最古の木造建築とされています。本尊の釈迦如来坐像は、右手に蓮の花を持つ珍しい禅宗式の像で、指月殿の歴史的価値をさらに深めています。現地で見たときは、ただ「古い」と感じる以上に、よくここまで残ってきたものだという驚きがありました。風雨や地震、時代の移り変わりを経てもなお、頼家の菩提を弔う場としてこの建物が立ち続けていること自体が、すでに一つの歴史だと思います。
指月殿の歴史を知ると、この場所の静けさはいっそう重みを帯びます。北条政子が頼家のために経堂を寄進したという話には、鎌倉幕府を支えた母でありながら、一方では権力闘争のただ中にいた人物としての複雑さも感じます。頼家は若くして二代将軍となりながら、激しい政治対立のなかで失脚し、二十三歳で命を落としました。その菩提を弔うために建てられた指月殿は、華やかな勝者の記念ではなく、失われたものを悼むための建物です。だからこそ、あの少し傷んだようにも見える木の質感や、山あいの静かな立地がよく似合っていたのかもしれません。修善寺では温泉や散策の楽しさが前面に出がちですが、指月殿まで来ると、この土地の印象はぐっと引き締まります。楽しい旅の途中でありながら、歴史の悲しみや人の運命の移ろいに思いを向ける時間が生まれるところに、修善寺歩きの奥深さがあるように感じました。
こうして指月殿を見終えると、修禅寺周辺はだいたい歩き終えたという感覚になりました。温泉街の中心にあるにぎわい、独鈷の湯の象徴的な景色、修禅寺の落ち着いた境内、そして最後に指月殿の静寂へとたどり着く流れは、とてもよくできた散策コースだったと思います。一か所ごとの印象が違っていて、同じ修善寺温泉の範囲でも、見える景色や感じる時間の流れが少しずつ変わっていきました。観光地としての修善寺を楽しみながら、その背後にある鎌倉時代の歴史にも自然と触れられるのが、この地域の大きな魅力です。
そして地図を見ると、少し離れたところに虹の郷があることに気づきました。歩くにはやや距離があるように思えましたが、せっかくここまで来たのだから行ってみようと思い、徒歩で向かうことにしました。静かな歴史の余韻が残る指月殿をあとにして、次はどんな景色が待っているのだろうかと考えながら歩き出した時間も、旅のよい一場面でした。名所そのものだけではなく、ひとつの場所を見終えて次へ向かう、その間の気分まで含めて旅なのだと、あらためて感じた修善寺散策でした。
旅程
東京
↓(新幹線/伊豆箱根鉄/バス)
修善寺温泉バス停
↓(徒歩)
日枝神社(修善寺)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
独鈷の湯
↓(徒歩)
(略)
↓(徒歩)
新井旅館
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(バス/伊豆箱根鉄道)
伊豆長岡駅
↓(徒歩)
↓(徒歩)
伊豆長岡駅
↓(電車)
三島駅
↓(徒歩)
↓(徒歩)
源兵衛川
↓(徒歩)
↓(徒歩)
三島駅
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