エストニア・タリン旧市街にある「太っちょマルガレータ」を訪れました。
タリン旧市街には中世の城壁や塔が数多く残っていますが、その中でも太っちょマルガレータは、名前だけでなく外観もかなり印象的な建物です。少し高くなった場所に、ずんぐりとした巨大な円柱状の石造建築が建っており、「太っちょ」という呼び名にも妙な説得力がありました。
太っちょマルガレータは、もともとタリンの港側を守るために築かれた砲塔です。隣接するスール・ランナ門、日本語では「大海岸門」などと呼ばれる門はさらに古く、史料には1359年には登場しています。中世のタリンはハンザ同盟の都市として海上交易によって繁栄しており、この門は港と旧市街を結ぶ重要な出入口でもありました。
16世紀に入ると火器の発達に対応するため、防御施設の大規模な強化が行われました。1510年に工事が始まり、スール・ランナ門の横に新たな砲塔が築かれます。これが現在の太っちょマルガレータで、工事は1531年までに完成しました。塔の直径は約25メートル、壁の厚さは場所によって2メートル以上、最大で5メートルを超えるという非常に頑丈な造りです。海から攻めてくる敵を防ぐだけでなく、港からタリンを訪れる人々に都市の力を見せつける意味もあったようです。
「太っちょマルガレータ(Paks Margareeta)」という少し変わった名前が使われるようになったのは、建設当時ではなく19世紀前半からで、それ以前には「ローゼンクランツ」と呼ばれていました。円筒形で横幅のある姿を実際に見ると、なぜ現在の名前が定着したのか何となく分かる気もします。
塔から道路をまたぐようにつながっているのがスール・ランナ門です。巨大な塔に目を奪われがちですが、塔と門を一緒に眺めることで、ここが単独の建築物ではなく、旧市街への入口を守る防衛施設だったことがよく分かります。
そして印象に残ったのが、反対方向から振り返ったときの景色でした。太っちょマルガレータの向こうに、聖オレフ教会の非常に高い尖塔が伸び、そのさらに上には青い空が広がっていました。低く横に広がる太っちょマルガレータと、空へ向かって細く伸びる聖オレフ教会という対照的な建物が同時に見えるのも、タリン旧市街らしい景色だったと思います。
太っちょマルガレータはその後、19世紀には監獄として使われ、1917年の革命時には火災によって大きな被害を受けました。その後修復され、1981年からはエストニア海洋博物館の展示施設として利用されています。私が訪れた2009年当時も、すでに海洋博物館として使われていた時期でした。
中世の港町タリンを守った巨大な砲塔と、その脇を抜けて旧市街へ続く門。単に変わった名前の塔というだけでなく、海上交易で栄えたタリンの歴史を象徴する場所でもありました。
ここから旧市街のピック通りを進み、次は「三人姉妹」へ向かいました。
旅程
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ヴィル門
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Saint Nicholas' Orthodox Church
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Church of the Transfiguration of Our Lord
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聖霊教会
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ブラックヘッド会館
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