千葉県銚子市の大杉神社に行きました。
この日は銚子電鉄に乗ることを目的に銚子市を訪れていました。終点の外川駅で降り、朝から外川周辺を歩きながら銚子の町を探索している途中で、大杉神社に立ち寄りました。
銚子を歩いていると、あちこちで歌碑を見かけます。海に面した町としての歴史だけでなく、文学とも結びついている土地なのだと感じさせられます。大杉神社の境内にも、源俊頼の歌碑がありました。
歌碑そのものの文字は、風化しているのか、私にはうまく読むことができませんでした。しかし、横には説明のパネルがあり、そこに歌が紹介されていました。
「磐はしる 外川の滝の むすぶ手も しばしはよどむ 淀むせもあれ」
また、解説によると、次のような形が本来の歌ではないかとも考えられているそうです。
「磐はしる 外川の滝の むすぶ手に しばしはよどむ ものとこそ聞け」
源俊頼は平安時代後期の歌人で、『金葉和歌集』の選者としても知られています。ただし、銚子との関係ははっきりしていないそうです。歌の中に「外川」と読める言葉が出てくることから、この地に歌碑が建てられたのではないかと考えられているようです。
実際に外川の町を歩いてからこの歌碑を見ると、たとえ歌の舞台がこの場所であると断定できなくても、海辺の町と古い和歌が重なって見えるような面白さがありました。外川という地名が、古典の言葉と偶然に結びついているのか、それとも何らかの記憶が残っているのかは分かりません。それでも、こうした歌碑が境内に置かれていることで、静かな神社の中に、平安時代の文学がふっと入り込んでくるようでした。
大杉神社の本殿は、とても小さなものでした。大きな社殿を構えた有名神社とは違い、町の中に自然に残っている小さな神社という印象です。しかし、境内はきれいに掃除されており、地元の人たちに大切にされていることが伝わってきました。
また、境内には船の大きな錨のようなものがいくつか置かれていました。銚子は漁業や海運と関わりの深い町です。外川もまた、海に近い漁師町の雰囲気を残しています。そのため、これらの錨のようなものを見ると、航海の安全や大漁を願う信仰と結びついているのかもしれないと感じました。
調べてみると、現在の大杉神社の境内は、渡海安全や大漁を願う信仰と関係する渡海神社の創祀の地ともされています。海を生活の場としてきた人々にとって、神社は単なる信仰の場所ではなく、日々の仕事や命を守るための祈りの場所でもあったのでしょう。
大杉神社は、観光地として大きく目立つ場所ではありません。外川駅から歩いて行ける場所にあり、境内もこぢんまりとしています。しかし、源俊頼の歌碑、きれいに掃き清められた境内、海の町らしい錨のようなものを見ていると、この土地の歴史や暮らしが静かに重なっている場所だと感じました。
銚子電鉄に乗って外川まで来ると、どうしても駅や海岸、犬岩や千騎ケ岩のような景勝地に目が向きます。それでも、町の途中にある小さな神社に立ち寄ることで、外川という土地が、海と信仰と文学の記憶を持つ場所であることに気づくことができました。
参拝を終えた後は、千騎ケ岩へ向かいました。海辺の景色へ向かう前に、静かな境内で外川の歴史に触れることができたのは、銚子散策の中でも印象に残る時間でした。
旅程
東京
↓(電車)
銚子駅
↓(銚子電鉄)
外川駅(とかわえき)
↓(徒歩)
長九郎稲荷神社
↓(徒歩)
長崎鼻一ノ島照射灯
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
犬吠駅
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
銚子セレクト市場
↓(徒歩)
↓(徒歩)
銚子駅
↓(JR)
東京
地域の名物
- ぬれ煎餅
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