埼玉県川越市の川越氷川神社に行きました。
この日は朝から川越を観光しており、蔵造りの町並みや時の鐘、川越まつり会館などを見てから、川越の中心部を北へ歩いて川越氷川神社に向かいました。
境内に近づいてまず目に入ったのが、大きな鳥居です。かなり高さがあり、朱色ではあるものの、私には一般的な神社の鮮やかな朱色よりも、少し黄色がかった淡い色に見えました。色合いから古い鳥居なのかと思いましたが、調べてみると、この大鳥居は意外にも古いものではありません。平成の御大典を記念して建立されたもので、高さは約15メートルあります。木製の鳥居として非常に大きなもので、掲げられている扁額の文字は勝海舟の筆によるものだそうです。
川越氷川神社の歴史は古く、社伝では欽明天皇2年、541年の創建とされています。今から1500年近く前の古墳時代までさかのぼることになります。
川越の歴史との結びつきが強くなるのは室町時代です。1457年に太田道真・道灌父子によって川越城が築かれると、川越氷川神社は城下の守護神、さらに川越藩領の総鎮守として崇敬されるようになりました。江戸時代にも歴代の川越藩主から保護を受けています。
この日は先に川越まつり会館を見学していましたが、実は川越まつりと川越氷川神社には直接的なつながりがあります。現在の川越まつりの起源となったのは、川越氷川神社の祭礼です。1648年、川越藩主の松平信綱が神輿や獅子頭、太鼓などを神社に寄進して祭礼を奨励し、その後、神輿の巡行に城下の町々が参加するようになりました。これが発展して、現在の豪華な山車が町を巡る川越まつりへとつながっていきました。
午前中に川越まつり会館で見てきた祭りの歴史が、この神社まで来ることで一本につながります。単に「川越にある有名なお祭り」と「川越にある有名な神社」が別々に存在しているのではなく、城下町の総鎮守の祭礼そのものが、川越を代表する祭りへと発展したわけです。
川越氷川神社は蔵造りの町並みなどが集まる賑やかな地域から少し北に離れていますが、境内に入ってみると思っていた以上に多くの参拝者がいました。拝殿の前には参拝を待つ人の列もできていました。
そこで、先に拝殿の横にある「絵馬トンネル」を歩いてみました。たくさんの絵馬が左右から頭上まで続き、文字通り絵馬に囲まれた通路になっています。
川越氷川神社には素盞嗚尊、奇稲田姫命、大己貴命、脚摩乳命、手摩乳命の五柱の神々が祀られています。この五柱が家族であり、その中に二組の夫婦が含まれていることから、縁結びや夫婦円満、家庭円満の神社として信仰されてきました。たくさんの願いが書かれた絵馬のトンネルは、そうした信仰を目に見える形にしたような場所にも感じられます。
絵馬トンネルを抜けたあと、列に並んで拝殿で参拝しました。
現在の本殿は江戸時代後期に川越城主の松平斉典の寄進などによって建立されたもので、細かな彫刻が施されています。興味深いことに、その彫刻には川越氷川祭の山車に乗る人形が題材として使われています。ここでも、神社の建築と川越の祭礼文化が結びついています。
朝から歩いてきた川越では、時の鐘や蔵造りの町並み、川越まつりなど、城下町として発展した川越の歴史を見てきました。川越氷川神社まで来ると、それらの背景に川越城や歴代藩主、そして城下町の人々の信仰があったことが見えてきます。
参拝を終えて境内を一通り歩いたあと、次は近くにある川越市立博物館へ向かいました。
観光地として歩いているだけでも楽しめる川越ですが、川越城、川越まつり、そして川越氷川神社の関係を知ると、それぞれ別々に見えていた場所が、一つの城下町の歴史としてつながってくるのが面白いところです。
旅程
(略)
↓(徒歩)
蓮馨寺
↓(徒歩)
時の鐘
↓(徒歩)
↓(徒歩)
↓(徒歩)
川越市立博物館
↓(徒歩)
↓(徒歩)
川越駅
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