高知県高知市のはりまや橋に行きました。
この日は朝から高知観光をしており、午前中は桂浜やその周辺を巡りました。午後になって高知駅前へ移動し、そこから高知城を目指して歩く途中、名前だけは以前から知っていたはりまや橋に立ち寄りました。
はりまや橋については、昔から残っている有名な橋という程度の知識しかありませんでした。実際に行ってみると、高知市中心部の建物に囲まれた一角に小さな水の流れがあり、その上に鮮やかな赤い橋が架かっていました。全国的にも知られている名前から、もう少し大きな橋を想像していたため、その小ささは少し意外でした。
はりまや橋の歴史は江戸時代初期までさかのぼります。当時、この付近には堀川が流れており、川を挟んで商売をしていた「播磨屋」と「櫃屋」という二つの商家が、互いに行き来するため私設の橋を架けたことが名前の由来とされています。その後は何度も架け替えられ、周辺の道路や町並みも大きく変化しました。かつての堀川も埋め立てられ、現在は公園として水の流れが再現されています。つまり、目の前にある景観は江戸時代からそのまま残っているものではありません。
橋の柱を見ると「平成十年三月完成」と記されています。現在の赤い木造風の橋は、1990年代に行われた周辺整備によって、昔のはりまや橋をイメージして復元されたもので、1998年3月に完成しました。古い橋を見に来たつもりだったので、平成になってから造られたものだと知ったのは少し意外でした。
そして、はりまや橋を有名にしたもう一つの理由が「よさこい節」です。「土佐の高知のはりまや橋で、坊さんかんざし買うを見た」という一節で知られ、僧侶の純信と女性のお馬の恋物語と結び付けられています。高知市によると、現在の橋の周辺にある純信・お馬像も、このよさこい節にまつわる物語を題材として設置されたものです。
現地にあった「出逢いの広場 よさこい節」と書かれた石碑を見て、「よさこい節と何か関係がある橋なのだろうか」と思いましたが、実際には橋そのものが歌の舞台として全国に知られるようになっていました。高知のよさこいというと、現在では華やかな「よさこい祭り」を思い浮かべますが、その背景にはこうした土地に伝わる歌や物語があります。
名前だけを知って訪れたはりまや橋は、想像していた「昔から残る古い橋」とはかなり違う場所でした。しかし、江戸時代の商人たちが架けた小さな橋を起点として、幕末の恋物語とよさこい節が結び付き、さらに現代になってその風景が再現されていると考えると、小さな橋の背後に高知の町の長い歴史が重なっていることが分かります。
短い時間の立ち寄りでしたが、思っていた以上に物語の多い場所でした。赤い橋と小さな水の流れを眺めた後、再び歩き始め、この日の次の目的地である高知城へ向かいました。
旅程
高知空港
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高知駅
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(略)
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高知県立坂本龍馬記念館
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高知駅
地域の名物
- 皿鉢料理
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