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大阪中之島美術館:フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日

大阪府大阪市の大阪中之島美術館で開催されている「フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展 17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日」に行きました。

この日は《真珠の耳飾りの少女》を見るために朝から大阪へ来ていました。指定された入場時間まで余裕があったため、まず大阪市立科学館、続いて国立国際美術館を見学し、予定より30分ほど早く大阪中之島美術館へ移動しました。

美術館に着くと、すでにいくつもの列ができていました。最初は次の時間帯の人たちも別の列を作っているのかと思いましたが、よく見るとすべて一本につながっており、同じ時間帯に入場する人たちの列でした。かなりの混雑を覚悟しましたが、午前中だったためか、30分ほどで入口までたどり着くことができました。

今回の展覧会は、オランダ・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する17世紀オランダ絵画を紹介するもので、フェルメールの作品は《ディアナとニンフたち》と《真珠の耳飾りの少女》の2点が出品されています。《真珠の耳飾りの少女》の日本での公開は14年ぶりで、普段はほとんど貸し出されない作品ですが、2026年にマウリッツハイス美術館が改修のため一時休館する機会を利用して大阪への貸し出しが実現しました。

フェルメールは1632年にデルフトで生まれ、1675年に亡くなった17世紀オランダを代表する画家です。現在知られている作品は30数点しかなく、初期には宗教や神話を題材とした歴史画を描き、その後、静かな室内での日常生活を描いた作品へと移っていきました。今回展示されていた《ディアナとニンフたち》は1653~1654年頃の初期作品、《真珠の耳飾りの少女》は1665年頃の作品なので、一度の展覧会でフェルメールの画風の変化を見ることができる構成でもあります。

ただし、実際に会場へ入ってみると、そのような作品同士の違いをじっくり比較できる状況ではありませんでした。

これまでにも有名画家の特別展を何度か経験していたため、《真珠の耳飾りの少女》についてはまともに見ることができないだろうと予想していました。そのため、事前にAIに質問して、《真珠の耳飾りの少女》以外の作品の見どころも調べていました。

ところが、会場ではほぼすべての作品の前に大きな人だかりができていました。

意外だったのは、最も有名な《ディアナとニンフたち》と《真珠の耳飾りの少女》の2作品のほうが、むしろ近くで見ることができたことです。この2作品は写真撮影が可能で、鑑賞する列もきちんと管理されていました。長い時間並ぶ必要はありましたが、順番さえ来れば作品の正面近くまで進むことができます。

一方、それ以外の作品では、「順番に関係なく、好きなところから見てください」という案内になっていました。そのため、作品の前にはなかなか動かない人だかりができ、中途半端に列らしいものに並んでも、別方向から来た人が前に入っていきます。近づこうにも、どこに並べばよいのかよく分からない状態でした。

会場には大人だけでなく子どもたちも大勢いました。長時間の混雑のなかで泣いている子や、帰りたがっている子もいて、会場全体がちょっとしたカオスになっていました。

そんな人の流れに押されるように進んでいるうちに、偶然、レンブラントの《笑う男》だけは間近で見ることができました。しかし、それも10秒ほどです。後ろから来る人たちの流れに押され、すぐにその場を離れることになりました。

そして長い列に並び、《ディアナとニンフたち》と《真珠の耳飾りの少女》も何とか見ることができました。

《真珠の耳飾りの少女》は1665年頃に描かれた作品で、特定の人物の肖像画というより、「トローニー」と呼ばれる人物表現の一種と考えられています。青と黄色のターバン、振り返った少女の表情、そして暗い背景の中に浮かぶ光が印象的です。耳元の巨大な「真珠」も、実際の真珠というより、光を巧みに描くことで作り出された視覚的な表現である可能性があります。

本来なら、そうした細かな部分を少し離れて見たり、近づいて確認したりしたいところですが、今回は一目見るだけでも十分という状況でした。


こうした有名作品の展覧会に来るたびに、「美術を見る」ということについて考えさせられます。

たとえば極端な話、大人の料金を現在の何倍にも高くして、その代わり子どもや子どもを連れた大人は格安にするなど、入場者数そのものを減らす方法も考えられます。しかし、それでは経済的に余裕のない若い人が名作を見る機会を失ってしまいます。できるだけ多くの人に本物の美術に触れる機会を提供することは、美術館の重要な役割でもあります。

企画する側も、おそらくこうした問題については十分に考えているのでしょう。作品を落ち着いて鑑賞できる環境を作ることと、できるだけ広く鑑賞の機会を提供することは、必ずしも両立しません。チケットを高額にすれば混雑は減るかもしれませんが、美術が一部の裕福な人だけのものになってしまいます。逆に多くの人を受け入れれば、今度は作品を見ること自体が難しくなります。


この日の少し前、国立国際美術館でマルセル・デュシャンの《L.H.O.O.Q.》を見ました。有名な《モナ・リザ》の複製に口ひげとあごひげを描き加えた作品です。有名作品に与えられた権威や、「名作を見る」という行為そのものについて問いかけてくる作品でもあります。

そう考えると、世界的な名画を見るために大勢の人が集まり、その人々によって作品がほとんど見えなくなっている今回の光景そのものも、少し離れた場所から眺めれば現代美術の題材になりそうです。

「世界的名画を見に来たのに、人しか見えない」。

そんな状況まで含めて楽しめるくらいの心の余裕が、現代の有名美術展には必要なのかもしれません。


せめて図録を買って、見られなかった作品を家でゆっくり確認しようと思いました。しかし展示を見終えてミュージアムショップへ行ってみると、2か所あるショップのどちらにも長蛇の列ができていました。結局その場で買うことはあきらめ、後からインターネットで予約しました。それでも届くのは約1か月後という状況でした。


ある程度の混雑は覚悟していましたが、実際には想像していた通り、あるいはそれ以上の展覧会でした。《真珠の耳飾りの少女》を見るという当初の目的は一応達成しました。しかし、それ以上に印象に残ったのは、世界的な名画を現代の大規模展覧会で「見る」とはどういうことなのかという問題でした。作品をゆっくり鑑賞できた展覧会とはまったく違う意味で、いろいろと考えさせられる特別展になりました。


美術館を出たあとは、中之島を離れて適塾へ向かいました。

旅程

東京駅

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大阪市立科学館

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国立国際美術館

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大阪中之島美術館

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適塾

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住吉大社

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住吉大社駅

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谷町四丁目駅

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