イタリア・シチリア島のパレルモにあるChurch of St. Ignatius at Olivella(サンティニャツィオ・アッロリヴェッラ教会)を訪れました。
この日はパレルモ観光の初日で、アントニーノ・サリナス考古学博物館などを見学しました。博物館を出たあと、そのすぐ近くにいかにも歴史のありそうな大きな教会が建っていることに気がつきました。それがサンティニャツィオ・アッロリヴェッラ教会でした。
この教会は、パレルモに定住したフィリッポ・ネリのオラトリオ会によって建設されたもので、1598年11月7日に最初の礎石が置かれました。建築家アントニオ・ムットーネの設計により、教会本体は1598年から1622年にかけて建設されています。現在のファサードは17世紀を通じて整えられ、パレルモ市の資料では1655年から1690年にかけて完成したとされています。その後も装飾が加えられ、教会全体としては長い時間をかけて現在の姿になりました。
正面から見ると、左右に細長い鐘楼があり、その間に堂々とした中央部分があります。入口の左右には円柱が並び、その上には三角形の破風が載っています。2005年当時の私は西洋建築についてほとんど知識がありませんでしたが、「何となく古代ギリシャやローマの神殿のようだな」と思いながら眺めていました。
今になって西洋美術史の視点から見ると、この印象はそれほど的外れでもなかったようです。もちろん、この教会自体は古代の神殿ではなく、基本的にはバロック様式の教会です。しかし、円柱や柱頭、水平の梁、三角形の破風といった要素は、古代ギリシャ・ローマ建築を起源とする「古典建築」の語彙です。教会の公式資料でも、ファサードの円柱の張り出した構成には初期ローマ・バロックの影響があると説明されています。またパレルモ市も、当時のローマの建築を手本とした豪華なバロック建築であるとしています。
左右の鐘楼にも目を引かれました。高い位置には聖人らしい石像が立ち、時計や鐘も取り付けられています。ファサードには4体の聖人像があり、聖フィリッポ・ネリ、パレルモの守護聖人である聖ロザリア、殉教者聖イグナティウス、聖フランシスコ・サレジオを表しています。聖フィリッポ・ネリと聖ロザリアの像は1651年、残る2体は1751年に設置されたものです。
なお、ここでいう「聖イグナティウス」は、イエズス会を創設したイグナティウス・デ・ロヨラではなく、古代キリスト教の殉教者として知られるアンティオキアのイグナティウスです。教会の入口の木製扉にはライオンが繰り返し表現されていますが、これは伝承上、彼がローマで猛獣に襲われ殉教したことを示す象徴でもあります。
残念ながら、当時の私は教会内部の装飾や宗教画にはほとんど興味がなく、この日は中に入りませんでした。しかし、後になって調べてみると、内部は三廊式のラテン十字形で、大理石の柱や多色大理石の床、多数の礼拝堂を備えた非常に豪華な空間です。18世紀には内部装飾もさらに整えられ、主祭壇にはセバスティアーノ・コンカの《聖三位一体》があり、イニャツィオ・マラビッティによる聖ペテロと聖パウロの大理石像なども置かれています。
1943年4月5日の空襲ではドームや翼廊の一部、聖具室が破壊され、戦後に再建されています。現在見られる教会には、16世紀末から18世紀にかけて積み重ねられた歴史だけでなく、第二次世界大戦による破壊と復興の痕跡も含まれていることになります。
2005年には、考古学博物館を出たところで偶然見つけた「古そうな教会」という程度の認識でした。入口の柱と三角形の破風を見て古代ギリシャやローマを連想し、鐘楼や聖人像を眺めただけで、そのまま通り過ぎてしまいました。
しかし今になって振り返ると、古代建築から受け継がれた古典的な造形をバロック建築の中で再構成した外観や、聖人像に込められた意味など、当時は気づかなかったものがたくさんあります。内部を見なかったことは少し惜しく感じますが、昔の旅行を後から調べ直すことで、20年以上前に何気なく見た建物がまったく違って見えてくるのも、旅の面白さの一つなのだと思います。
旅程
(略)
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アントニーノ・サリナス考古学博物館
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Church of St. Ignatius at Olivella
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Villa Bonanno
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Chiesa del Gesù di Casa Professa
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