デンマーク・コペンハーゲンのフレデリック教会を訪れました。
コペンハーゲン観光の2日目です。この日は朝から人魚姫の像やカステレット要塞などを巡り、その後、市街地へと歩きながらフレデリック教会へやってきました。
フレデリック教会は、コペンハーゲンでも特に目立つ巨大なドームを持つ教会です。正式には「Frederiks Kirke(フレデリック教会)」ですが、「Marmorkirken(大理石の教会)」という名前でも広く知られています。近くにはデンマーク王室の宮殿であるアマリエンボー宮殿があり、この一帯は18世紀に計画されたフレデリクススターデンという地区の中心部にあたります。
最初に目を引いたのは、やはり巨大なドームでした。一般的な教会というと、高く伸びる尖塔を思い浮かべますが、この教会は丸いドームが建物全体を覆うように見えます。遠くから眺めると教会というより、巨大なプラネタリウムのようにも感じられる独特の姿でした。
ドームの屋根は薄い緑色をしています。これは銅を使った屋根が年月を経て緑青に覆われたもので、コペンハーゲンの街並みの中でもよく目立ちます。その下には古典古代の建築を思わせる列柱が並び、正面入口にはギリシア神殿のような4本の柱と三角形の破風が設けられていました。巨大な円形ドームと古典的な列柱が組み合わされた、かなり堂々とした建物です。
この教会の歴史を調べてみると、その外観以上に興味深いものでした。
18世紀、デンマーク王フレデリク5世はコペンハーゲンに新しい都市地区フレデリクススターデンを建設し、その中心となる教会の設計を宮廷建築家ニコライ・アイグトヴェズに命じました。1749年にはフレデリク5世自身が礎石を置き、教会建設が本格的に始まりました。当初はノルウェー産の大理石をふんだんに使った壮大な建物が計画されていました。
ところが、1754年にアイグトヴェズが亡くなり、その後はフランス人建築家ニコラ=アンリ・ジャルダンが計画を引き継ぎます。しかし、膨大な建設費が問題となり、1770年には工事が中止されてしまいました。その後、未完成の建物は100年以上にわたって廃墟のような状態で残されることになります。
19世紀後半になると、デンマークの実業家C・F・ティートゲンがこの未完成の教会と周辺の土地を取得し、建築家フェルディナンド・メルダールに完成を依頼しました。予算の都合から当初計画されていた大理石だけではなく石灰岩なども使用されましたが、ついに1894年に教会が完成しました。1749年の着工から数えると、実に145年を要したことになります。
現在のドームは直径約31メートルあり、12本の柱によって支えられています。内部の円形空間は高さ約46メートルにも達するそうです。外から見ただけでもかなり大きく感じましたが、数字を知ると、プラネタリウムのようだと感じたのも無理はなかったように思えます。
この日は教会の中には入りませんでした。今になって調べてみると、巨大なドームの内側には宗教画や装飾があり、外観とはまた違った印象を受けそうです。
それでも、薄緑色の巨大なドームと古代ギリシア・ローマ建築を思わせる列柱が組み合わさった外観は十分に印象的でした。しかも、その堂々とした建物が完成するまでには、100年以上も工事が止まっていた時期があります。
18世紀の王が計画し、19世紀になってようやく完成したフレデリック教会。コペンハーゲンの街を歩きながら何気なく眺めた巨大なドームには、街づくりと王室、そして145年に及ぶ長い建設の歴史が詰まっていました。
旅程
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